|||||「原始のスープ」物語……遺伝子のおこり |||

Home > 4+:生命

ストーリー
+ 生命の存在証明──アミノ酸だけでは…×
+ 原始のスープ
+ 安定性の行き着くところ……結晶
+ スープの必要条件……寿命・多産性・複製の正確さ、そして、競争
+ 生存のための”利己的”戦術……「競争」
+ 遺伝子のおこり
+ 原始のスープ 後日譚


生命の存在証明──アミノ酸だけでは…×

リチャード・ドーキンス
利己的な遺伝子』紀伊國屋書店 2018年(40周年記念版)
+ 訳:日高敏隆/岸由二/羽田節子/垂水雄二

p58
//生命の誕生以前の地球上にはどのような化学原料が豊富にあったのか確かなことはわからないが、可能性が高いのは、水、二酸化炭素、メタン、アンモニアなど、太陽系の少なくともいくつかの惑星上にあることがわかっている単純な化合物だ。//
p58
//化学者たちは昔の地球の科学的状態を再現してみようと試みた。これらの単純な物質をフラスコに入れ、紫外線や電気火花(原始時代の稲妻を人工的に模倣したもの)などのエネルギー源を与えた。2,3週間経つと、通常はフラスコのなかに興味深いものが見られる。はじめに入れておいた分子より複雑な分子をたくさん含んだ薄茶色の液体ができる。特筆すべきことに、そのなかにアミノ酸が見つかった。これは、生物体を構成する二つの代表的な物質の一つ、タンパク質の構成要素だ。//
p58
//こうした実験が行なわれる前は、自然に現れるアミノ酸は生命が存在している証拠だと考えられていた。たとえば火星にアミノ酸が見つかれば、その惑星に生物がいることはほぼ間違いないと思われていた。しかし今では、たとえアミノ酸の存在が示されたとしても、空気中に単純な気体がいくつかあることと、火山か日光か雷があることがわかるだけだ。さらに最近では、生命誕生以前の地球の科学的状態を真似た室内実験で、プリンとかピリミジンといった有機物が創られている。これらは遺伝物質、DNA自体の構成要素である。//

p59
//生物学者や化学者が、3,40億年前に海洋を構成していたと考えている「原始のスープ」にも、これと似たような過程が起こったはずだ。//

p59
//これらの有機物は、おそらくは海岸付近の乾いた浮き泡や浮かんだ小滴のなかで、局部的に濃縮されていった。それらはさへらに太陽からの紫外線のようなエネルギーの影響を受けて化合し、いっそう大きな分子になっていった。今日では、大型有機分子が人に気づかれるほど長いあいだ存在し続けることはない。作られるそばからバクテリアその他の生物に吸収され分解されてしまうからだ。しかし、当時、バクテリアその他のあらゆる生物はまだ生まれていなかった大型有機分子は濃いスープのなかを何ものにも妨げられることなく漂っていた。//
p59 自己複製子の発生
//あるとき偶然に、とびきりきわだった分子が生じた。それを「自己複製子」と呼ぶことにしよう。それは必ずしも最も大きな分子でも、最も複雑な分子でもなかっただろうが、自らの複製を作れるという驚くべき特性を備えていた。これはおよそ起こりそうもない出来事のようだ。たしかにそうだった。それはとうてい起こりそうもないことだった。//……//私たちは数億年という歳月を扱うことに慣れていない。//

安定性の行き着くところ……結晶

p60
//実際のところ、自らの複製を作る分子というのは、一見感じられるほど想像し難いものではない。しかもそれはたった一回生じさえすれば良かったのだ。鋳型としての自己複製子を考えてみることにしよう。それは、さまざまな種類の構成要素分子の複雑な鎖から成る、一つの大きな分子だとする。この自己複製子を取り巻くスープのなかには、これら小さな構成要素がふんだんに漂っている。今、各構成要素は自分と同じ種類のものに対して親和性があると考えてみよう。そうすると、スープ内のある構成要素は、この自己複製子の一部で自分が親和性を持っている部分に出くわしたら、必ずそこにくっつこうとするだろう。このようにしてくっついた構成要素は、必然的に自己複製子自体の順序にならって並ぶ。このときそれらは、最初自己複製子ができたときと同様に、次々と結合して安定な鎖を作ると考えられる。この過程は順を追って一段一段と続いていく。これは、結晶ができる方法でもある。一方、二本の鎖が縦に裂けることもあろう。すると、二つの自己複製子ができることになり、その各々がさらに複製を作り続ける。//

 「原始のスープ」のなかで、同類はもとより異類に親和性を持つことがあるとする。複製が連続して”安定性が生じるようになる。しかし……
p61
//自己複製子は生まれるとまもなく、そのコピーを海洋じゅうに急速に広げたのだろう。このため小型の構成要素の分子は貯えが減り、他の大型分子もその形成量が次第に減っていった。
※つまり、生まれつつも、「広がり」をみるまでには至らなかった、ということだろう。複製という機能が成立し活発になり(安定性)したものの、「広がる」手前だった。
※安定性は、熱力学の第二法則エントロピー増大の現象か?
p61
//しかしここで、どんな複製過程にもつきまとう重要な特性について述べておかなければならない。それは、この過程が完全ではないということだ。誤りが発生することはある。//
生命探求と複雑系

p55
//ダーウィンの「最適者生存(servival of the fittest)」は、じつは安定なものの生存というさらに一般的な法則の特殊な例だ。世界は安定したもので占められている。//

スープの必要条件……寿命・多産性・複製の正確さ、そして、競争

p61
//生物学的な自己複製子に見られる誤ったコピーは、真の意味で改良を引き起こすことになり、ある誤りが生じることは、生命の前進的進化にとって欠かせないことだった。//
p62
//最初の自己複製子が、実際どのように自己のコピーを作ったのかはわからない。それらの現代の子孫であるDNA分子は、人間の最も忠実度の高い複写技術に比べても驚くほど忠実ではあるが、そのDNA分子でさえもときに誤りをおかす。そして、進化を可能にするのは結局これらの誤りなのだ。おそらく最初の自己複製子はもっとずっと誤りが多かったが、どのみち誤りは発生したはずだし、それらの誤りが累積してきたことも確かだろう。
 誤ったコピーがなされてそれが広まっていくと、原始のスープは、すべてが同じコピーの個体群ではにくて、「祖先」は同じだが、タイプを異にしたいくつかの変種自己複製分子で占められるようになった。タイプによって数に違いがあっただろうか? おそらくあったはずだ。あるタイプは本来的に他の種類より安定だったに違いない。ある分子はいったん作られると、他のものより分解されにくかっただろう。このようなタイプのものは、スープのなかに比較的多くなっていったはずだ。//

p64
//時期をずらして二度スープからサンプルを採ると、二度めのサンプルには、寿命多産性複製の正確さという三点において優れた分子の含有率が、より高くなっているだろう。これは本質的には、生物学者が生物について進化と呼んでいる過程と変わらない。そのメカニズムも同じであって、すなわち自然淘汰なのである。//
p64
//この議論における次の重要な要素は、ダーウィン自身が強調した競争〔※〕である。//
※ //(もっとも彼は動植物について述べているのであって、分子については言及していないのだが)//

p64
//原始のスープにとって、無限の数の自己複製分子を維持していくことは不可能だった。それは一つには地球の大きさが限られているためでもあったが、他にも重要な限定要因が存在していたはずだ。私たちの想像では、鋳型として働く自己複製子は、複製を作るのに必要な構成要素の小分子をたくさん含んだスープのなかに浸かっていたと考えられる。しかし自己複製子が増えてくると、構成要素の分子はかなりの速度で使い果たされていろいろな変種ないし系統が、競争を繰り広げたことだろう。有利な種類の自己複製子の数を増やすのに役立った要因については、すでに検討したとおりである。事実、あまり有利でない種類は競争によって数が減っていき、ついにはその系統の多くのものが死滅したはずだ。自己複製子の変種間には生存競争があった。//

生存のための”利己的”戦術……「競争」

p65
//それらの自己複製子は自ら闘っていることなど知らなかったし、それで悩むことはなかった。この闘いはどんな悪感情も伴わずに、というより何の感情も差し挟まずに行なわれた。だが、彼らは明らかに闘っていた。それは新たな、より高いレベルの安定性をもたらすミスコピーや、競争相手の安定性を減じるような新しい手口は、すべて自動的に保存され増加したという意味においてのことだ。改良の過程は累積的だっった。安定性を増大させ、競争相手の安定性を減じる方法は、ますます巧妙に効果的になっていった。なかには、ライバル変種の分子を化学的に破壊する方法を「発見」し、それによって放出された構成要素を自己のコピーの製造に利用するものさえ現れただろう。これらの原始肉食者は食物を手に入れると同時に、競争相手を排除してしまうことができた。おそらくある自己複製子は、化学的手段を講じるか、あるいは身のまわりにタンパク質の物理的な壁を設けるかして、身を守る術を編み出した。こうして最初の生きた細胞が出現したのではなかろうか。自己複製子は存在を始めただけでなく、自らの容れ物、つまり存在し続けるための場所をも造り始めたのだ。//
p66
//生き残った自己複製子は、自分の住む生存機械(survival machine)を築いた者たちだった。最初の生存機械は、おそらく保護用の外被の域を出なかっただろう。しかし、新しいライバルがいっそう優れて効果的な生存機械を身にまとって現れてくるにつれて、生きていくことはどんどん難しくなっていった。生存機械はいっそう大きく、手の込んだものになっていき、しかもこの過程は累積的、かつ前進的なものであった。//

p325
//私が「生存機械」という言葉を使ってきた理由//……//「動物」と言ったのでは植物が除外されてしまうし、それどころか一部の人々の頭のなかでは人間さえも除外されてしまうからなのであった。//

遺伝子のおこり

p66
//自己複製子がこの世で自らを維持していくのに用いた技術や策略の漸進的改良に、いつか終わりが訪れることになったのだろうか? 改良のための時間は十分あったはずだ。長い長い歳月は、いったいどのような自己保存の機関を生み出したのか? 40億年が過ぎ去った今、古代の自己複製子の運命はどうなったのか? 彼らは死に絶えはしなかった。なにしろ彼らは過去における生存技術の達人だったのだから。とはいえ、海中を気ままに漂う彼らを探そうとしても無駄である。彼らはとうの昔にあの騎士のような自由を放棄してしまった。いまや彼らは、外界から遮断された巨大で無様なロボットのなかに巨大な集団となって群がり、曲がりくねった間接的な道を通じて外界と連絡を取り、リモートコントロールによって外界を操っている。彼らはあなたのなかにも私のなかにもいる。彼らは私たちを、体と心を生み出した。そして彼らの維持こそ、私たちの存在の最終的な論拠だ。彼らは自己複製子として長い道のりを歩んできた。いまや彼らは遺伝子という名で呼ばれており、私たちは彼らの生存機械なのである。//
p67
//私たちは生存機械だ。しかし、ここで言う「私たち」とは人間だけを指しているのではない。あらゆる動植物、バクテリア、ウイルスが含まれている。//

原始のスープ 後日譚

p68
//私は話を簡単にするために、DNAから成る現代の遺伝子が、原始のスープのなかの最初の自己複製子とまったく同じであるかのような印象を与えてきた。これは議論のうえではなんら支障はないが、実際は正しくないかもしれない。最初の自己複製子はDNAに類縁の近い分子だったかもしれないし、まったく異なるものだったかもしれない。もし異なるものだったとすれば、彼らの生存機械は、後代になってからDNAによって乗っ取られたのではないかと思われる。もしそうであれば、最初の自己複製子は完全に破壊されてしまっているはずだ。現代の生存機械には、それらは跡かたもないのだから、これらのことを踏まえて、A・G・ケアンズ=スミスは、私たちの祖先たる最初の自己複製子が有機分子ではまったくなく、ミネラルや粘土の小片などのような無機分子ではなかったかという興味深い推察をしている。強奪者か否かはさておき、DNAが生存機械を牛耳っているのは今日明らかだ。私が第11章〔ミーム 新たな自己複製子〕で試みに示唆するように、現在新たな権力奪取が始まっているのでなければの話だが……。//


p338
//一般的にミームは、きちんと対を作った多数の染色体の形で存在する今日の遺伝子とはあまり似ておらず、むしろそれは、かつて原始スープのなかを無秩序きままに漂っていた初期の自己複製分子のほうに似ている。//

2024.11.17記す

© 2025 ||||| YAMADA,Toshiyuki |||, All rights reserved.