声に惚れる ── 擬育23

 ヒトのからだを解剖学的にとらえるとき、骨格が立ち上がった人体をイメージする。骨格を筋肉が囲み、心臓・肺・胃などの臓器が配置される。野口三千三(みちぞう 1914-1998)のイメージは違った。ヒトを袋にたとえた。袋の中に、骨が筋肉が内臓が、ある。袋だから、ぐにゃぐにゃだ。では、起立するには、どうすればよいのだろう。袋に空気を入れ、ふくらませるのだ。空気とは「呼吸」のこと。空気を入れるためには、しっかり空気を吐く、追い出すことになる。そして、からっぽになった袋に空気をつめる。
 骨格や筋肉を体躯の中心に捉えると、からだをやわらかくするための柔軟体操や筋トレに誘導されやすい。袋だと呼吸が第一になる。声は、息を吐くときに出る。
 生まれたばかりのあかちゃん。「おぎゃあ」と全身で泣いている。袋から、元気だ!と宣言しているようだ。叱られている幼児は、肩が揺れる。息をこらして元気をなくす。遊んでいるときは、つい調子にのってしまうが、声が全身(袋)から吐き出される。

 NHKラジオ深夜便で午前4時すぎ、アナウンサーのインタビューがあってその相手の声が耳に入ってきたとき〈聴いてみようかな〉と誘われることがある。〈いい声だなあ〉と私は声に反応する。アナウンサーの声ではなくお相手の声だ。
 ──二者間の対話ではことばによって伝えられるメッセージ(コミュニケーションの内容)は、全体の35パーセントにすぎず、残りの65パーセントは、話しぶり、動作、ジェスチャー、相手との間(ま)のとり方など、ことば以外の手段によって伝えられる。──

(参考)非言語(ノンバーバル)コミュニケーションに学ぶ

 会話やことばだけでなく、私は〈声に惚れる〉ことがしばしばだ。幼児の会話はつたない。ことばより、子どもの声が好きだ。おとなの場合は〈好き〉というより〈惚れる〉という豊かな気持ちになれる。どんな生き方(良いこともそうでないことも含めて)をされてきたのだろうと思ってしまう。
 聞き惚れているとき、ちゃんと話を聞いていないこともある。ごめんなさい。有名人だからではない。ママやパパの声に、ふと心が動く。こまごまとしたことより、声から感じとられるものに囚われてしまう。秘めている何かが袋から出てくるのだろうか。

2019.12.13記す