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ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊、ふたたび』角川文庫

 この画像「雑然とした斑点」に動物がいる。わたしは、いつも瞬時に見えてしまうので、見えない人にはどんなふうに映るのだろうと思ってしまう。あなたも瞬時に見えるかもしれない。長くかかってイライラしている人も、大丈夫、数分後には「あ、いるいる!」とわかるだろう。
 画像のキャプションに、「ロン・ジェームズの撮影」とある。写真らしい。モノクロ手法など多少デフォルメしているかもしれない。にしても、なかなかのフレーム。(ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』※A 角川文庫 p373)

 答えを明かすことになるが、「グレゴリー〔リチャード・L・グレゴリー、心理学者〕のダルメシアン犬」という標題がつけられている。
 //祖先の霊長類があわてて木のてっぺんに駆けあがり、揺れ動く木の葉の奥にいるライオンの姿を見分けようとしているところを想像してみてください。//(『脳のなかの幽霊、ふたたび』※B 角川文庫 p75)

 ライオンと気づけば逃げるか、見つからないようにしなければならない。ママやパパが帰ってきた!とわかれば、うれしい。
 白と黒のまだら模様を見つめているあなたにも、こうした能力が、脳の奥で、今まさに働いている。だから、いずれ判別がつくし、わかってしまうと容易に取り消せない。
 新生児、生まれたばかりのあかちゃんにも、この能力が備わっている。「ママですよお~」「パパですよお~」の声かけとスキンシップ学習で、さらなる能力をあかちゃんは身につける。

 あかちゃんに備わっている知覚能力といえる。生得的に身につけている知覚能力を衰えさせないために、「体験」を限りなく身につけることが必要である。ダルメシアンが見えてしまうと、もう取り消せない。見えなくすることができない(側頭葉のニューロンが永久的に変化したという実験報告がある※A)。つまり、「体験」はその意味や価値を問うことなく、そのすべてがダルメシアン同様に身につくということだ。
 今ひとつ納得できない場合、では、「体験の機会」を減じた場合を想定するとよい。

 ここまで書くと、「体験とは何か」をうるさく言いたい自分がいる。五感も含めて、生得的に身につけている(「いのちのジグソーパズル」で表したい)資質があり、それらの資質(パズルのパーツ)を失うことのないよう、さらに磨きをかけることに「体験」の意味がある。具体的には、「遊ぶ」ということだ。だから、「遊ぶ」は新生児にも認められる。「遊び」は「学習」と併記され、いわゆる「遊びか学習か」という選択になりがちだ。その「併記」のような考え方からも遠ざかって欲しい。学習も必要。鍛錬も必要。そして、遊びも同じだけ必要なのだ。遊びを減ずることは体験を減ずることになり、ダルメシアン体験を減ずることになる。

2025.10.15記す

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