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V・S・ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』
+ PHANTOMS IN BRAIN
+ サンドラ・ブレイクスリー 山下篤子/訳
+ 角川文庫 2011年(単行本 1999年)

p41
//「ほほえみの回路」//
p42
//あくびも、特化した回路が存在することを立証する。//

p53
//幻肢//
p58
//ペンフィールドのホムンクルスだ。ホムンクルスは、脳の表面に体表面の地図を描く//

p94
//医学の歴史上、幻肢の「切断術」(!)に成功した症例はおそらくこれが初めてだろうという認識はあった。//

p131
♠ //ワイスクランツたちは、この現象に盲視」という矛盾した名前をつけ、ほかの患者の記録もとりはじめた。しかし、あまりにも驚くべき発見であるために、まだこの現象を受け入れていない人がたくさんいる。//

p130~ 要約
脳半球の右側、一次視覚皮質にあった血管の異常な塊を周囲の正常な組織を含めて摘出した。患者はD.Bとして知られる。D.Bは視野の左半分がまったく見えなくなった(//左眼を使うか右眼を使うかは関係がなく、まっすぐ前を見ると、左側には何も見えなかった。//)。 //言いかえると、両眼とも見えるが、どちらの眼も左の視野が見えなかったのである。//
p130
//視野の左半分が見えないのに、実験者〔サンダーズとワイスクランツ〕がその範囲に手を出すと、その手のほうに的確に手をのばすのだ。//
p131
//二人は棒を取りだして、それを視野の見えない範囲で縦にしたり横にしたりして、向きを推測してほしいと頼んだ。ドゥルー〔D.Bのこと〕何の支障もなく、この課題をこなした。しかし今度も、棒は見えないと言う。//
p131
//「どういうふうに推測したか教えてもらえますか。縦か横か言うときに、何か理由のようなものはあったんですか」
「いいえ、ありません。何も見えないんですから。まったくわかりません」//
※これを受けて、上の♠に続く。

p132
//この斬新な解釈は、尋常ではない意味を含んでいる。つまり、意識にのぼる(「見ている」と意識される)のは新しい経路だけで、一方の古い経路は、何が起こっているかをその人がまったく意識していない状態で、視覚入力をあらゆる行動に利用できるという意味だ。すると意識は、進化的により新しい視覚路に特有の性質だということになるのだろうか? もしそうなら、なぜこの経路は心にアクセスかる特権をもっているのか。この疑問については、最終章で検討する。//


p136
//〔ミルナー博士は〕ダイアンの前に大小二つの積み木をならべて、どちらが大きいかとたずねた。正解率は、当然のことながら偶然の水準だった。ところが、それをつかんでほしいと言うと、彼女はまたも的確に手をのばし、親指と人さし指を積み木の大きさにちょうどあうように開いた。このことは収録したビデオをひとコマずつ分析して確認された。今度も、まるでダイアンのなかに無意識の「ゾンビ」がいて、手や指を正確に動かせるように複雑な計算をしているかのようだった。//

p138 「結びつけ問題
//私があなたにむかって赤いボールを投げると、あなたの脳のあちこちにある数カ所の視覚野が同時に活性化されるが、あなたが見るのは、一つにまとめられたボールの像だ。//……//このいわゆる「結びつけ問題」は、神経科学の分野に数多くある未解決の謎の一つである。//

p143
//実はあなたのなかには別の存在がいて、あなたの知らないあるいは気づいていないところで、自分のなすべきことをしている。しかも、そういうゾンビは一つだけではなく、あなたの脳のなかにたくさん存在する。もしそうなら、自分の脳に単一の「私」あるいは「自己」が存在するというあなたの概念は単なる幻想かもしれない//

p149
//私たちは脳のどこで実際に物を「見る」のか──私の皮質にある30あまりの視覚野の複雑な連続現象が、どのようにして私が世界を認識し理解することを可能にしているのか──という、もっと基本的な疑問を追究する助けにもなるかもしれない。//

p185
//あえて大げさな表現をすれば、おそらく私たちはいつも幻覚を見ているのであり、私たちが知覚と呼んでいるものは、どの幻覚が現在の感覚入力にもっともよく適合するかを判断した結果なのである。//

p203
//私の二歳の息子でさえ、鏡のなかにしか見えないキャンディを示されると、笑いながらふりむいてさっと奪い取った。それなのに、うんと年上で知恵もあるエレンはこれができなかった。//

p204
//「先生。なぜペンに手がとどかないんですか?」
「この鏡がじゃまです」
「ペンは鏡のなかで、手がとどきません」
「エレン。鏡に映った像ではなくて、本物をつかんでほしいんですよ。本物はどこにありますか?」と言うと、「本物は鏡の裏です、先生」と答える。//

p214
//左半球に損傷があって右半球が麻痺している場合は、否認〔半側無視〕が起こることはまったくと言っていいほどない。なぜないのだろうか? 損傷が左半球にある患者も、右半球に損傷のある患者と同じように障害や挫折感があり、おそらく同じくらい心理的な防衛を「必要」としているだろうに、彼らは麻痺に対する自覚があり、しかもたえず麻痺のことを話題にする。なぜこのような非対称性があるのか、その答は心理ではなく神経に求めなくてはならず、とくに、二つの脳半球が別々の仕事にどのように特化しているか、その詳細を見る必要がある。//

p224
//「ええ。両手でちゃんと結びましたよ。//

p225
//半側無視左側の世界の事物に対して患者がしばしば見せる全般的な無関心)//

p227
//この単純な実験は、病態失認の半側無視説をくつがえすと同時に、このシンドロームの本当の原因を知る手がかりにもなる。病態失認の患者は、身体イメージに関する感覚入力の矛盾の処理方法がそこなわれているのだ。矛盾が左半身で生じるか右半身で生じるかは決定的な問題ではない。//

p239
//記憶は、神経科学の聖杯//

p245
//フロイトのもっとも価値ある業績は、意識のある心が単なるうわべであり、人は脳のなかで実際に起きていることの90%にまったく気づいていないという発見である(この際だった例は、第四章でとりあげたゾンビである)。//

p251
//フロイトによれば、第一はコペルニクスの革命で、それまでの地球中心の宇宙観を、地球は宇宙の小さな塵にすぎないという考えに置き換えた。
 二番めのダーウィン革命は、私たち人間を、たまたま進化した特性のおかげで少なくとも一時的には成功をおさめている、ひ弱で毛のない幼形成熟の類人猿とみなす。
 第三の偉大な科学の革命は、彼自身の無意識の発見と、それに付随する見解、すなわち自分が自分の「管理者である」という認識は幻想にすぎないという見解である、とフロイトは(おだやかに)主張した。フロイトによれば、私たちが行なうことはすべて、大鍋いっぱいに煮えたぎる無意識の情動や基本的欲求や衝動に支配されていて、私たちが意識と呼んでいるものは、氷山の一角にすぎず、ただそれらの行為を事後に念入りに合理化したものでしかないという。//

p251
//なぜ宇宙論や進化論や脳科学が専門家だけでなくすべての人にとってこんなに魅力的なのかという理由をフロイト流に解釈することができる。//

p276~313
//第九章 神と大脳辺縁系//

三上章充『脳の教科書』講談社ブルーバックス p52
//大脳皮質を古い順に見ると、古皮質は大脳皮質の中で最も古く原始的な部分です。嗅覚情報を受けとる嗅球や梨状葉は古皮質です。原皮質は、古皮質より新しく、3層構造を持っています。記憶をつくりだす海馬や歯状回は原皮質です。原皮質と新皮質の中間に、さらに中間皮質があります。帯状回や海馬傍回は中間皮質に属します。これらの領域は、位置的にも原皮質と新皮質の中間にあり、新皮質のようにはっきりした6層構造を持ちません。これらの古い大脳皮質と関連の深い神経核をあわせて大脳辺縁系と呼んでいます。大脳辺縁系のはたらきは、本能行動や情動行動など、「動物的」な行動の制御です。
 これに対して大脳新皮質を中心としたシステムを新皮質系と呼んでいます。新皮質系は、大脳新皮質のほか、視床も新皮質系に入ります。新皮質系は「理性的」な情報処理にかかわっています。
 私たちヒトをはじめ、霊長類などの高等な哺乳類では大脳新皮質が発達し、古い皮質と大脳基底核を覆います。ヒトでは大脳新皮質がよく発達したために、古い皮質と大脳基底核大脳の表面からは見えません。しかし、進化の過程で脳の古い部分は捨てさられることなく、その内部にのこっていて、高等な哺乳類も脳の内部には爬虫類の脳や初期の下等な哺乳類の脳を持っています。//

p280
//総合失調症//
※「統合失調症」の校正ミスだろうなあ……p288にも2か所、p394にも2か所あり。

p292
//患者にとってはどんな変化も本物で、ときには望ましくさえあり、医師には、人格に秘儀的な色合いがあることの価値を判断する権利はない。神秘的体験を正常であるとか異常であるとかを、だれがどんな根拠で決められるだろうか。「変わった」ことや「稀な」ことを異常と同等にみなす傾向が一般にあるが、これは論理的にまちがっている。天才は稀だが非常に価値の高い特性であり、虫歯はごくふつうにあるがあきらかに望ましくない。//
p293
//科学者としての私がめざすのは、宗教的感情がなぜどのように脳のなかで生まれるのかを発見することであるが、このことはどんな意味においても神が実在するかしないかにはまったく関係ない。//

p295
//スケールの絶対零度としては、フランシス・クリックの電気皮膚反応を測定してその値を使えばいい。//

p297
//これまでの章でとりあげたトピック──幻肢半側無視カプグラ・シンドローム──については、実験の結果、合理的な解釈ができた。しかし私は、宗教的な体験や神にかかわる脳中枢を探索するなかで、自分が神経学の「境界領域」に足を踏み入れたことを悟った。//

p325
//笑いやユーモアは創造性のリハーサルなのかもしれない。もしそうならジョークやごろあわせやその他のユーモアは、早くから、公式のカリキュラムの一環として、小学校に導入されるべきだ。//
p326
//私の図式では、ほほえみは、笑いがそうであるように、何かのほうを向いたり様子を探ったりする反応(定位反応)が途中で止まったものである。//

p331
//爬虫類が哺乳類に進化したとき、顎骨のうちの二つ〔ツチとキヌタ〕が転用されて中耳のなかに組み込まれ、音を増幅するのに使われるようになった(これは、一つには、初期の哺乳類が夜行性で、生存のために聴覚に大きく依存していたためである)。このように場当たり的で奇異な解決策なので、比較解剖学にくわしいか、中間型の化石を発見したのでないかぎり、生物個体の機能上の必要性を検討するだけで、これを推論することは決してできないだろう。//

p332
//人がほほえみかけるとき、実は犬歯をちらつかせてなかば威嚇しているのだという事実に、私は大きな皮肉を感じる。ダーウィンは『人間の由来』の最後の章で、私たちも類人猿のような祖先から進化してきたのではないかとほのめかした。イギリスの政治家ベンジャミン・ディズレーリはこれに激怒して、オックスフォードで開かれたある会合で「人間は野獣なのか。それとも天使なのか」という名高い修辞的な問いを投げかけた。その答は、自分の妻がほほえみかけてきたときに、犬歯を見ればわかったはずだ。そうすればこの単純な、友好をあらわす人類普遍のしぐさのなかに、私たちの野蛮な過去のぞっとするような名残が隠れていることを、はっきり悟っていただろう。
 ダーウィン自身が『人間の由来』で結論しているように。//

p342
//偽の妊娠や陣痛は女性に起こるだけでも驚きに値するが、少数ながら男性の想像妊娠の例さえ報告されている。//

p354
//私はペギー・スーのような人を対象に実験をしてみたいと思っているのだが、明確な多重人格障害と言えそうな症例が見あたらないため、まだできないでいる。精神科医の友人たちに電話で問い合わせたところ、そういう患者を診たことはあるが、ほとんどは二人だけではなく数人の人格をもっているという。ある症例などは19の「分身」を内部にもっていた。こうした話を聞いて、私はこの現象全体に深い疑念をもった。//

p385~p399
//身体化された自己
感情の自己
実行の自己
記憶の自己
統一された自己──意識への一貫性の強要、書き込み、作話
警戒の自己
概念の自己と社会的自己//

V・S・ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊、ふたたび』
+ THE EMERGING MIND
+ 山下篤子/訳
+ 角川文庫 2011年(単行本 2005年)

p6
//リース卿自身がかつて述べられたように、「世の中には、人を不快にするのを仕事にしている人もいる」のです。//

p7
//ピーター・メダワーの発言にもあるように、「科学は本質的に、真実かもしれないものへの想像力豊かな旅」だと言えます。//

p7
//書き手が、「単なる」推測をしているとき(薄氷を踏んでいるとき)と、確かな根拠に立脚しているときをはっきり区別して、読み手にそれがわかるようにしているのであれば、悪いことではありません。//

p9
//私が科学に興味をもつようになったのは11歳ころからです。//

p10
//おかげで私は、退屈さと単調さ──ほとんどの人が「普通の生活」と呼んでいる、つまらない生活──を超越し、〔バートランド・〕ラッセルの言う「高尚な衝動が、実世界という流刑地から逃避できる」場所に行くことができたのです。//

p11
//(小中学生が訊きそうな、しかし専門家が答えるのはむずかしいというたぐいの、ごく単純な問い)を発することがまだ可能です。//

p31
//痛みは、ふつうは一種類だと思われていますが、少なくとも二つのタイプがあって、別々の機能のために進化してきたのではないかと考えられます。急性の痛みは、たとえば火に触ったときなどに、反射的に手を引っこめられるようにするため、それからおそらく、トゲのように、痛みを生じる有害な物体を避けることを学ばせるために進化したと考えられます。慢性的な痛み(たとえば骨折や壊疽にともなう痛み)は、これとはまったくちがいます。こちらは、反射的に腕の動きを妨げて、完全に治癒するまで休ませ、無理をさせないようにするために進化しました。このように痛みは、通常は、非常に有益で適応的なメカニズムです。//

p59
//私は、ひょっとするとこのミラー・ニューロンが、人類の進化に重要な役割をはたしたのではないかと思っています。人類の特徴の一つは、私たちが文化と呼んでいるものです。文化は、親や教師をまねることに大きく依存していますが、まねるという複雑なスキルは、ミラー・ニューロンの関与を必要とするのではないかと考えられます。いまから5万年前あたのに、ミラー・ニューロンのシステムがじゅうぶん精巧になって、複雑な行為をまねる能力が爆発的な進化をとげ、それが私たち人類を特徴づけている。情報の文化的伝播につながったのかもしれないと、私は思っています。
 ミラー・ニューロンは、ほかの人の行為や意図についても、一種の「バーチャル・リアリティ」シミュレーションを可能にします。これによって、なぜ人間が「マキァヴェリ的な」霊長類なのか──なぜ、「他者の心の理論」を構築し、その行動を予測することを得意とするのかが説明できます。このシミュレーションは、高度な社会的相互作用に不可欠です。私たちは最近、自閉症の子どもがミラー・ニューロンのシステムに欠陥をもっている可能性を示唆する研究報告をいくつかだしましたが、彼らが社会的にきわめてぎこちない理由がこれで説明づけられるかもしれません。//

p74
//このダルメシアン犬の例が非常に重要なのは、視覚がなみはずれて複雑かつ精緻なプロセスであることを思い出させてくれるからです。//
p75
//視覚が進化したのはおもに、ものを見つけるためと、カモフラージュを見破るためです。//
p76
//人間の脳は、カモフラージュ度の高い環境のなかで進化しました。//
※”かくれんぼ“を子どもが好むわけ? パズルを楽しむことも。
p76
//言いかえれば、ジグソーパズルに取り組むことが、最後の「アハ」にいたるずっと前から楽しいのと同じように、視覚中枢と情動中枢を結ぶ配線が、解を探すという行為そのものを喜ばしいものにしているのです。//

p78
//人間の脳には1000億の神経細胞がありますが、2つのパターンが重なりあうことはないのです。別の言いかたをすれば、注意のボトルネックがあるわけです。どうやら注意のリソースは、一度に一つのものにしか配分されないらしいのです。//

p99
//私たちはみな、過剰な結合をもって生まれてくるという可能性があります。胎児期の脳には余分な結合がたくさんあり、それが刈り込まれて、成人の脳を特徴づけるモジュール構造が形成されます。//
※「刈り込み」遺伝子あるいは遺伝子群に欠陥があるとき、クロス配線やクロス活性化が生じるとしている。

p105
//私の見解では、共感覚は単に一部の人の脳だけにある奇癖などではありません。それどころか、私たちのほとんどが共感覚者なのです。//

p110
//言語の進化についてお話したい//
p110
//二つめはの説は、言語学の創始者、ノーム・チョムスキーによるものです。チョムスキーも、神こそ引きあいにだしていませんが、ウォレス〔一つめの説〕とよく似たことを言っています。言語のメカニズムはきわめて高度で精巧であるから、自然選択という偶然の作用で生まれたはずはなく、1000億の神経細胞が小さな空間につめこまれた結果として、なんらかの新しい物理法則が生まれたのではないかという見解です。奇跡という言葉は使っていませんが、ほとんど一種の奇跡だと言っているわけです。残念なことに、ウォレスの説もチョムスキーの説も検証不能です。三つめは、才気あふれる心理学者スティーヴン・ピンカーが提示したものです。ピンカーは、言語の進化は大いなる謎などではないと言っています。今日の私たちが目にしているのは進化の最終結果であり、謎めいて見えるのは、中間の段階がどんなふうだったかを知らないからにすぎない、というのです。彼の説は、方向性としては正しい──自然選択が説得力のある唯一の説明だという方向は正しい──のではないかと思いますが、そこから先の踏み込みが足りません。生物学者としての私たちは、細部を求めます──厄介な問題は細部に宿るのです。私たちは、単に言語が自然選択を通して進化するのが可能だったということを知りたいのではなく、その中間の段階はどんなものだったのかということ(専門的に言えば「適応度地形を通る軌跡」)が知りたいのです。そして、それらの段階を発見するための重要な手がかりが、「ブーバ/キキ」の例から、すなわち共感覚から得られたことから、私は、言語起源の共感覚的ブートストラッピング説というものを提案するにいたりました。//

p121
//進化神経精神医学という名称をつけることを提案します。//

p124
//数十年前にアメリカの神経外科医ベンジャミン・リベットとドイツの生理学者ハンス・コルンフーバーが、ボランティアを対象に自由意志の行使に関する実験をおこないました。被験者はたとえば、10分以内の自分が決めたタイミングで指を動かすようにといった指示を受けました。すると被験者が指を動かそうと意識した瞬間と、実際に指が動きだしたときはほぼ一致していたにもかかわらず、指が動く4分の3秒〔0.75秒〕以上前に、脳波の電位変化があらわれたのです。彼らはそれを「準備電位」と名づけました。//

p131
//よくよくの緊張時には、前頭葉の前部帯状回が極度に活性化します。これが扁桃体その他の情動中枢を抑制もしくは一時停止するために、不安や恐怖など、無力化を起こしうる情動が一時的に抑制されます。しかし同時に、前部帯状回の活動性は、極度の覚醒と警戒を生み出して、必要になるかもしれない防御反応に備えます。//
※「鋼鉄の神経」になるということらしい。

p135
//意識、自己という言葉は、無知の深さを隠してしまう言葉です。//

p136
//物質と精神は似ても似つかないように思えます。このディレンマからぬけだす一つの道は、物質と精神は、実は世界を記述する別々の方法で、どちらもそれ自体で完結していると考えることです。それは光が粒子としても波動としても記述できるのと同じようなものです。この二つは、まったくちがうように思えるにもかかわらず、どちらも正しいので、どちらの記述が正しいかと問うのは無意味です。同じことが脳の精神的事象と物理的現象についても、あてはまるのかもしれません。//

p136
//自己とクオリアは、あきらかに同じ硬貨の表裏です。//

p136
//自己を定義づける特徴は5つの部分からなっています。
第一は、連続性。〔略〕
第二は、これと密接に関係した、自己は一つである、あるいは統一されているという観念です。〔略〕
第三は、身体性あるいは所有の意識です──〔略〕
第四は、行為主体としての意識、私たちが自由意志と呼んでいるもの、自分の行動や運命を掌握しているという感覚です。〔略〕
第五に、これがいちばんとらえにくいのですが、自己はその性質上、内省の能力があります──〔略〕//
p137
//これらの自己の諸面はいずれも、脳疾患によってそれぞれ別個にそこなわれます。よって私は、自己は一つではなく複数のもので構成されていると考えています。//

p139
//その結果、新たな計算目標となる高次の表象ができます。この高次表象をメタ表象と呼ぶことにしましょう。//
p140
//ホムンクルスはメタ表象そのものであるか、あるいはメタ表象をつくりだすために進化的に新しく生じた脳構造であるかのどちらかで、かつ私たち人間に独特であるか、チンパンジーの「チンプンクルス」よりかなり高度にできているかのどちらかだと考えます。//
p145
//以上の話は、クオリアと自己は同じ硬貨の表裏だという私の見解にふたたびつながります。どちらか片方だけをもつことはできないのです。特別な神経回路を使って感覚表象や運動表象のメタ表象を生みだす能力──言語を促進し、また言語によって促進される能力──が、本格的なクオリアの進化にも自己感の進化にも不可欠だったのかもしれません。//

p146
//私があなたの鼻の近くに胡椒をふりまくと、あなたは反射的にくしゃみをしますが、なぜそこに、独特の「くしゃみのクオリア」がともなうのでしょうか?(これとはちがって膝蓋腱反射は、クオリアをともなわず、下半身不随の人でも起こります)。皮肉なことにこのクオリアは、必要があれば(たとえば獲物を追っているときに)、随意的にくしゃみを止められるようにするという唯一の目的のために、メタ表象として進化したのかもしれません。//

p147
//情動は系統発生的に歴史が古く、しばしば原始的なものとみなされていますが、人間においては、おそらく理性と同じくらいに高度であると考えられています。//

p148
//〔自己は〕社会的文脈のなかで進化した可能性がある//……//なぜなら私たち霊長類は、きわめて社会的な動物だからです(このモデルは、「他者の心の理論」と呼ばれています)。他者の心のモデルを構築する必要があるのは、他者の行動を予測できるようにするためです。//

p149
//赤ちゃんは、自分の脳のなかにあなたの行為の内部モデルをつくり、それを再現しなくてはなりません。自分の舌を見ることさえできず、あなたの舌の視覚的外観と、感覚で感じる自分の舌の位置をあわせなくてはならないことを考えると、これは実に驚くべき能力です。いまではこれを実行しているのが、前頭葉にある、ミラー・ニューロンと呼ばれる特別なニューロン群であることがわかっています。私はこれらのニューロンが、「身体化された」自己認識の発生や、他者に対する「共感」に、少なくともある程度は関係しているのではないかと考えています。//

p150
//「他者の心の理論」をもたない生物個体(あるいは人)は、赤面することもできないでしょう。赤面は困惑を示す外的な指標です(だれかが言ったように、「人間だけが赤面する──あるいは赤面する必要がある」のです)。赤面は、かつてダーウィンが大いに興味をもった、おもしろいトピックです。//

p150
//ミラー・ニューロンは、共感や、「心を読むこと」や、言語の進化(第四章)のほかに、私たちの心がもつ、もう一つ別の能力の発生にも、決定的に重要な役割をはたした可能性があります。それは模倣を通して学習する能力、したがって文化を伝播する能力です。//

p151
//第二章で触れたとおり、その結果が、およぞ5万年前から7万5000年前に起こった、文化の新機軸の急速な水平的広がりと垂直的伝播で、それが、いわゆる「大躍進」につながりました。//

2025.9.20記す

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