「豊かさ」は「しあわせ」の足かせ

 第1話。食べたかったもの、おいしいものを食べたとき、「しあわせ……」と思ってしまう。それを認めよう。さて、……。

 第2話。日々、忙しく過ぎる。床(とこ)につけば、もう朝。あわただしく勤めに出れば、昼食どきが来る。いつのまにか夕食をつくっている自分がいる。そのあいだに、ちゃんと仕事したし、買い物もした。気持ちゆるせるともだちとの時間は引き延ばしたくなる。しあわせとはなんだろうか。

 第3話。大きくなったら何になりたい? ケーキ屋さん。サッカー選手。保育園の先生。……。これは卒園式の風景。彼らは、しあわせを求めているのだろうか。求めているのは、親だろう。しあわせを実現するには、さて、何をどうすればよいのだろうか。

 第4話。「なにもしない、寝転ぶだけの授業」を保育士養成校で1コマ行っている。養成校の学生は、すでにおとなで、おとなは起きているあいだ、常に何かしなくてはならない、あるいは課題に追われる。そうやって保育士の資格をとる。保育士の仕事で大切なことを失いながら辿りついて資格をとる。それは間違っているよ、気づいて欲しいと思い、ねころぶだけの授業を試みている。
(参考)「なにもしない」ということの意味

 第5話。しあわせは本人が感じとるものであって、本人が実現させて満足のゆくものとなるだろう。しあわせに定義も公式もない。しあわせの実現で、一番の足かせは「豊かさ」だろう。敢えて困難をひきうける必要はないし、さけたい。欲しいと思うものは、可能な限り手に入れ、心のやすらぎをおぼえたい。それらは、豊かであればこそ実現するだろう。欲求が満たされることで、しあわせは実現するだろうか。否!と声をあげる人は多くいると思う。

 第6話。「あなたをしあわせにします」は、儀式では必要な誓いだろう。これを受け入れることも儀式だから。しあわせや平和は誓っただけで実現しない。おとなになるということは、しあわせを実現させる長い道のりなのだろう。

2021.5.1記す