非認知スキルについて思うこと

  1. ジェームズ・J・ヘックマン 2015『幼児教育の経済学』東洋経済新報社
  2. 汐見稔幸 2017『さあ、子どもたちの「未来」を話しませんか』小学館
  3. 佐藤学 2021『第四次産業革命と教育の未来』岩波ブックレット

 ヘックマン『幼児教育の経済学』(資料1)を読み終えた。2021.6.8

 B6判・124ページで活字も大きく、行間もゆったりしている。半日あれば十分読める分量だ。それを1か月ほどかけて読み終えた。別な本も読みながらなので、この本のために時間をかけたというわけでもない。まあ、ここまでは余談。

 一つの心配、懸念が消えた。というのは、就学前にこれだけ力を入れて野外活動の機会を積んだ子どもが、小学校から中学校と通過する中でどれだけ本人に貢献するのだろうかという不安があった。40数年前、故守屋光雄は卒園式で「遊べ、遊べ、もっと遊べ」と祝辞を言った。事実今も、0歳から就学前まで第二の親として見守ってきた保育園の保育士たちは、卒園を心底 祝福しながらも、小学校でどう伸びていくのか心にひっかかることが多い。それがヘックマンによれば10歳を過ぎてもIQについては顕著な差はみられないが、40歳になってみれば顕著な(IQではなく生活の質で)成果が得られるとしている。IQは〈認知スキル〉を測るもので、IQで評価されない〈非認知〉スキルが成果の源となっている。その〈非認知スキル〉は6歳までに修得したものが基礎になるという。ヘックマンは、2000年にノーベル経済学賞を受賞している。アメリカにおいて、貧困解消に取り組むことが持続ある社会の実現に最大の効果をもって重要と唱えている。

 〈非認知能力〉とは何か? 忍耐力、計画力、協調性、やる気などと語彙を並べることはできる。その〈非認知〉の基礎が、0歳にスタートし、6歳までに培われるということは、乳幼児にとって「忍耐、計画、協調、やる気、など」とはどういうことか?の問いになる。その理解は容易でないと思う。

 上述は〈非認知スキル〉に対する言及だが、ヘックマンの研究には読み方注意も指摘しておきたい。端的には、佐藤学『第四次産業革命と教育の未来』(資料3)を図書館などで入手して、p33-40を読んでいただきたい。それは《「人材=人的資本」の変化》の章に相当する。すべてを引用したいが、要約すれば以下の通り。

 「人材」という言葉が日本に登場したのは1930年代まで遡る。しかし、現在、政府や財界がいう「人材」は章のタイトル「人的資本」であり、1930年代のそれとはまったく次元が違う。卑近な事例では安倍元首相が主導した「人生100年時代構想会議」や「人づくり革命 基本構想」で主唱され、それが人材派遣と結びつく。人的資本はアダム・スミス(18世紀)が最初に用いた概念であり、カール・マルクスも使用していたという。──その意味でベッカーの「人的資本」の理論を「人間を売買する市場論」という宇沢弘文の批判は妥当──p35としています。

 ベッカーは〈新自由主義〉経済学者であり、ヘックマンも同じ立ち位置にいるということだ。ブックレット著者・佐藤学は、経済学者でなく全米教育アカデミーの会員でもある教育学者。ヘックマンらは、アメリカの貧困階級から労働者を集める役割を担っているといい、日本政府も同じ水脈にいるということを本書で明らかにしている。

 安上がり効率優先の人材派遣に私は協力するつもりはない。

 資料2の、汐見稔幸『さあ、子どもたちの「未来」を話しませんか』p33-46は、幼稚園・保育園・認定こども園らの運営の要(かなめ)について割り当てられている。そのすべてが〈非認知能力〉について説かれている。学習指導要領が学校の教育指針になっていることは、この方面に詳しくない人たちでもなんとなく大切なことだと認識しているだろう。幼稚園の教育は(略して)要領によって運用されている。そして、保育園の場合は「指針」と略され、同等の重要性を伴って運用の指針となっている。その要である要領や指針について〈非認知能力〉への理解が現場(教諭や保育士等)に求められている。

 資料2では、非認知能力の効果が脳に与える影響を、簡易ながら述べられている。指針や要領は新たに2017年告示となった。つまり、保育の現場は大騒ぎなのだ。〈非認知能力〉を取り入れることが保育の要なのだ。

 さて、〈非認知〉能力/スキルとは何か?

 〈認知〉能力はIQで測る(という言い方が適切なのか?疑問に思うが)ことができるらしい。基礎学力に始まって、学力考査は認知能力を測るということだろうか。国語、算数(数学)など主要教科と言われるものが認知能力の核を為すのだろう。

 「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない──と言ったのは、レイチェル・カーソンだ。「知る」ことは学齢に達すればいくらでも学べるので、それまでは「感じる」ことが大切だ、と彼女は主張している。「知る」は認知能力に相当し、「感じる」は非認知能力に対応するということだろうか。そうであれば、今更ではなく、子どもの育ちに関心があった学者たちはずっと言い続けてきたことだ。

 しかし、認知能力の習得をめざす親たちに非認知の重要性が届くだろうか? 認知能力はわかりやすいが、非認知のそれはわかりにくい。競争社会で非認知は役立つのだろうか? 指針や要領が変わっても、人々の心を動かすにはまだまだ時間がかかるように思う。

2022.8.14Rewrite
2021.6.13記す

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