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科学好きな小学3年生なら答えられるかもしれない。目をレンズに喩え、目の奥に逆さの像をつくる。では、どうして逆さに見えないの? それは、頭で逆さを直しているから……。「百聞は一見にしかず」という成句もある。「見る」ことの大切さは、火を見るより明らか──だろうか?
こんなイントロで始めたのだけれど、さて、これの説明は容易でない。
「逆さの像」を頭で直すため、別の”目”(頭の中の目)で見たら、逆さの逆さで正立像になるというわけだが、そんな目があるわけないし、戻した正立像を”目”で見なくてはならない。目はいくつも無限に必要になってくる。
ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊、ふたたび』角川文庫 p21
//朝、眼をあけるとすぐに何もかもが見えるので、ものを見るのは即時にたやすくできると思われがちですが、実は、眼のなかには、上下逆さまのゆがんだ小さな像しかありません。//
チラッと何かが見えて気になったら、頭を動かして、その方向を見る。教科書に出てくる「目の構造」で結ばれる像は、中心窩(ちゅうしんか)で見ている。
クリストフ・コッホ『意識の探求』(上)岩波書店 p107
//視野の周辺部の情報は表現がまばらであるのに対して、視野の中心部、特に中心から半径1度以内は、より多くの光受容体と神経節細胞が割り当てられ、非常に強調されて表現されている。//……//中心窩の中心部、大きさにして視野の1度ほどでは、その部分での視覚処理能力をできるだけ高めるため、特化した構造になっている。中心窩の大きさは、自分の腕を目の前に伸ばしたときの親指の幅がだいたい1.5から2度ぐらいなので、読者にもおおよその大きさがつかんでもらえると思う。//
「チラッと何かが見える(見えた気がする)」ように、視覚は目の奥だけとは限らない。視野は広い。だから、頭を動かし、あるいは振り返って確かめようとする。
「逆さの像」が正立像として見えるのは、視覚信号が脳内の経路(視覚路)を通り瞬時に生み出した結果なのだ。
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ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』角川文庫 p203
//私の二歳の息子でさえ、鏡のなかにしか見えないキャンディを示されると、笑いながらふりむいてさっと奪い取った。それなのに、うんと年上で知恵もあるエレンはこれができなかった。//
同p204
//「先生。なぜペンに手がとどかないんですか?」
「この鏡がじゃまです」
「ペンは鏡のなかで、手がとどきません」
「エレン。鏡に映った像ではなくて、本物をつかんでほしいんですよ。本物はどこにありますか?」と言うと、「本物は鏡の裏です、先生」と答える。//
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目を開けて見える世界は、”静止”していない。尻尾だけが見えても、ウサギかリスかネズミか、想像できるし、姿も浮かぶ。
『意識の探求』p107
//視覚は周辺も含めてどこもかしこも鮮明ではっきりしているように見えるが、これは強烈な錯覚である。//
自然科学の世界だけの話ではなく、「錯覚」は肝に銘じておいたほうがよさそうだ。
2025.9.1記す

