福岡伸一『動的平衡』読書メモ

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  • 福岡伸一『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』
    • 木楽舎 2009年
ブックカバーより

p23
//しかし、それはどこまでも一時のニュースであり、多くの場合、まもなく色褪せたものとなり、次のニュースによって塗り替えられる。なぜだろうか。
 それは、端的にいえば、バイオつまり生命現象が、本格的にテクノロジーの対象となり難いものだからである。工学的な操作、産業上の規格、効率よい再現性。そのようなものになじまないものとして、生命があるからだ。
 では、いったい生命現象とは何なのか。それを私はいつも考える。//

p37 シナプスへの刺激と応答について、その表現。
//神経回路は、いわばクリスマスに飾りつけられたイルミネーションのようなものだ。電気が通ると順番に明かりがともり、それはある星座を形作る。オリオン座、いて座、こぐま座。//

p38
//神経と神経とのあいだの情報のやりとりにはペプチドが働いている。神経とその神経が支配している他の細胞とのあいだにもペプチドが介在している。ある特定の命令は、ある特定のペプチドが担っている。そのペプチドの正体を明らかにすることは、脳の命令がどのような分子の「言葉」で書かれているかを知ることである。//
※//ペプチドとはアミノ酸が連結してできた小型のタンパク質である。//p32

p40~45 要約:トシをとれば、なぜ1年を短く感じるか?の福岡伸一仮説、それは「体内時計」に説く鍵があるという。
//細胞分裂のタイミングや分化プログラムなどの時間経過は、すべてタンパク質の分解と合成のサイクルによってコントロールされていることがわかっている。//p44
タンパク質の//新陳代謝速度が加齢とともに確実に遅くなる// //体内時計は徐々にゆっくりと回ることになる// であれば、トシをとることで //1年の感じ方は徐々に長くなっていく// これでは感じ方と逆ではないか? 新陳代謝速度が加齢で遅くなるということは、時間の「経過認知」も遅れるということだ。//半年くらいが経過したかな──と思った、その時には、すでにもう実際//は1年が経過していることで愕然とするということだ。//自分の生命の回転速度がついていけていない。//p45
※なるほど……。だから、トシをとるほどに1年が短くなるわけだ。新陳代謝速度がさらに遅くなるということね。

p50
//「勘のよさ」、これが逆にマイナスに作用することがありえる。パターン化は、自然のもつ複雑な精巧さや微妙なズレなどを消し去ってしまうこともあるからである。//

p68
//タンパク質が「文章」だとすれば、アミノ酸は文を構成する「アルファベット」に相当する。「I LOVE YOU」という文は、一文字ずつ、I、L、O、V……という具合に分解され、それまで持っていた情報をいったん失う。//
※うまいこと言うなあ!

p74
//消化管神経回路網をリトル・ブレインと呼ぶ学者もいる。しかし、それは脳と比べても全然リトルではないほど大がかりなシステムなのだ。私たちはひょっとすると、この管で考えているのかもしれないのである。//

p74
//体内に入ったアミノ酸は血流に乗って全身の細胞に運ばれる。そして細胞内に取り込まれて新たなタンパク質に再合成され、新たな情報=意味をつむぎだす。つまり生命活動とは、アミノ酸というアルファベットによる不断のアナグラム=並べ替えであるといってもよい。//

p76
//アナグラム(並び替え)という比喩も実は正確ではない。分解されたアミノ酸は、そのまま順列だけが組み変わるのではなく、散り散りばらばらになって、他から来たアミノ酸と離合集散を繰り返しながら、まったく別のタンパク質を構成するからである。//

p94
//自然界はシグモイド・カーブ//
p95
//自然界のインプットとアウトプットの関係は多くの場合、Sの字を左右に引き伸ばしたような、シグモイド・カーブという非線形をとるのである。//
p95
//シグモイド・カーブにおいて、インプットとアウトプットの関係は、鈍-敏-鈍という変化をするのである。//

p97
//飲んだ水は速やかに身体の水分との間でバランスが取りもたれ、余分な量は尿や汗や呼気となって排出される。//

p110
//少なくとも普通の食生活をしている日本人であれば、不足する栄養素は一つとしてない。//
※ここでいう栄養素とは //糖質、タンパク質、脂質の三大基本栄養素はもちろん、身体が作り出すことのできないビタミンとミネラル//p110 のこと。
※「普通の」がクセモノだ。過剰になることはあっても(肥満の原因)、不足することはない、という意味だろう。

p111
//タンパク質は貯蔵できない。なぜならタンパク質(正確に言えばその構成要素であるアミノ酸)の流れ、すなわち動的平衡こそが「生きている」ということと同義語だからである。タンパク質の合成と分解のサイクルはとどめることができず、この回転を維持するために、外部から常にタンパク質の補給をしなければならない。
 成人の一日あたりのタンパク質所要量は60グラム(乾燥重量)だ。//
p112
//一日に60グラムのタンパク質は、身体の代謝回転を駆動するためにいつも必要とされている//
p112
//タンパク質の代謝回転が最も早い臓器はどこか? それは膵臓である。膵臓は常時、大量の消化酵素を合成し分泌するため、高速度のタンパク質代謝を行っている。//

p112
//私自身もともとは膵臓の生化学メカニズムを研究することから科学の世界に入った。//

p138
//生命を「部品の集合体」という物質レベルでのみ考えると、時間の重要性を見失ってしまう。それだけではない。ある部品を差し替えれば、より効率が上がるとか、特別な効果が期待できるという機械論的な思考で生命を捉えてしまうと落とし穴も、ここにある。//

p156
//過去、何度も喧伝されたガン征圧の勇ましいプロミスが「果たされた」のと同じ程度にしか、再生医療へのバラ色のプロミスも果たされることはないだろう。私にはそう思える。//

p162
//生命は、受精卵が成立したその瞬間から行進が開始される。後戻りのできない一方向のプロセスである。//
p162 わざと欠落を作っても……
//生命は、何らかの方法でその欠落をできるだけ埋めようとする。バックアップ機能を働かせ、あるいはバイパスを開く。そして、全体が組み上がってみると、なんら機能不全がない。//
p163
//つまり、生命とは機械ではない。そこには、機械とまったく違うダイナミズムがある。生命の持つ柔らかさ、可変性、そして全体としてのバランスを保つ機能……それを、私は「動的な平衡状態」と呼びたいのである。//

p164
//ES細胞にしろ、クローン技術にしろ、テクノロジーの内側はまったくのブラック・ボックスなのである。何度も何度も試してみて、たまたまうまくいったのであり、なぜそうなるのか、本当にうまくいっているのか、科学者たちはメカニズムを理解していないばかりか、テクノロジーそのものもコントロールできていない。
 膨大な試行錯誤から生まれた偶然をもって成功例と呼んでいるだけである。//
p164
//ES細胞は、細胞として扱えばいいので、より汎用性、応用性が高いと考えられている。確かにいろいろ特殊な細胞に分化できる。しかし、重要なことは、まだ誰も、ES細胞を意図的にコントロールして、任意の専門細胞に分化させることに成功してはいない、ということだ。//

p165
//しかし、ES細胞の分化プロセスがまったくのブラック・ボックスであることには変わりがない。私は、このような生命操作技術は、あくまで生命のメカニズムを探るための基礎研究の手段に限られるべきだと考えており、商業的に利用されたり、性急な医療目的に使用されたりすることには反対である。遺伝子操作や生命操作を用いた生命科学研究は、ある種の不可能性を証明することに行き着くのではないか、と思えるからだ。
 それは生命というプロセスがあくまでも時間の関数である、それを逆戻りさせることは不可能だ、という意味である。//

p165
//ヒトゲノム計画は、人間の細胞で働いている遺伝子の数が約2万であることを知らしめた。つまり、ヒトはたった2万種類のパーツからできているということである。
 しかし、これはヒトが2万種のパーツから組み立てられている精密なプラモデルのようなものだ、ということではない。
 今やバイオテクノロジーを使えば2万種のパーツを人工的に作り出すことができる。しかし、それらを試験管の中で混ぜ合わせれば、そこに生命が立ち上がってくるかといえば、決してそんなことはないのである。//
p166 上に続けて……
//ここで欠落しているのは、生命にとっての「時間」という観念である。タイミングとパーツは時間に沿って組織化され、それぞれの時点で何がどのように起きるかはたった一回限りの現象であり、不可逆なものである。これを無理矢理ほどいて再プログラミングしようとしているのが、クローン技術であり、ES細胞技術である。
 時間に対して作用を及ぼせば、私たちはその分のツケをどこかで払わねばならないことになるだろう。それが動的平衡というもののふるまいだから。//

p231 「動的な平衡」とは何か
//生体を構成している分子は、すべて高速で分解され、食物として摂取した分子と置き換えられている。身体のあらゆる組織や細胞の中身はこうして常に作り替えられ、更新され続けているのである。//

p231
//分子は環境からやってきて、一時、淀みとしての私たちを作り出し、次の瞬間にはまた環境へと解き放たれていく。//
※福岡は、実態の人間(生命)は留まることなく変化しており、一瞬に存在するからだは《分子の「淀み」》と表現している。

p232
//つまり、そこにあるのは、流れそのものでしかない。その流れの中で、私たちの身体は変わりつつ、かろうじて一定の状態を保っている。その流れ自体が「生きている」ということなのである。シェーンハイマーは、この生命の特異的なありように「動的な平衡」という素敵な名前をつけた。//

p232
//可変的でサスティナブルを特徴とする生命というシステムは、その物質的構造基盤、つまり構成分子そのものに依存しているのではなく、その流れがもたらす「効果」であるということだ。生命現象とは構造ではなく「効果」なのである。//

p243
//人間の子供は七歳くらいまでに「他人にも自分と同じ心がある。しかし他人はそこに自分とは違う考え方をもっている」ということが理解できるようになる。これが「心の理論」である。//

p246
//生命は自分の個体を生存させることに関してはエゴイスティックに見えるけれど、すべての生物が必ず死ぬというのは、実に利他的なシステムなのである。これによって致命的な秩序の崩壊が起こる前に、秩序は別の個体に移行し、リセットされる。//

p249
//生命が「流れ」であり、私たちの身体がその「流れの淀み」であるなら、環境は生命を取り巻いているのではない。生命は環境の一部、あるいは環境そのものである。//
※生命と環境は包含関係にあるのではなく、生命は環境そのもの

2022.10.26記す

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