||||| “いつもの顔” |||

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 以下、ある本からの引用だ。
//例えば、或る人間の表情がいつもと少し違っている事が分かる、その理由は何か、と尋ねられた時、われわれはいったいなんと答える事が出来るであろう? 其処では、日常の接触を通して何時の間にか体得したその人間の“いつもの顔”というものが無意識の基準に置かれている、と説明するより他に方法はないであろう。では、この“いつもの顔”とは何を言ったものであろうか……?// この謎解きは、延々とこのあとに続く。ある本とは、三木成夫『生命とリズム』河出文庫 2013年 p249

 マスクで隠された表情から“いつもの顔”が読みとれるかといえば自信がない。
 近づいてくる歩き方から「○○さん?」と思ったりする。後ろ姿でも「もしかしたら○○さん?」と思ったりする。脳科学者は脳の働きで説明するだろう。解剖学者、生理学者の三木成夫は、あなたに備わっている「おもかげ」が正体だという。

 //機嫌のいい顔、悪い顔、嬉しそうな顔、悲しそうな顔に始まり、余り見る事のない歓喜と絶望、忘我と虚脱のそれから、遂には滅多にお目にかかれない激情の爆発した状態に到るまで、凡そ考えられる有りとあらゆる表情に接する事となるのであるが、この様な不断の接触を通して、そうした色とりどりの容貌の変化を眺めやり乍ら、やがて何時とはなく、その相手の顔つきの持つひとつの”かたち”と言ったものを根強く体得する事となる。//p250

 これが「おもかげ」ということだ。科学者がこのような文章を書くことに驚かされる。事例を挙げるのは面倒なので省略するが、幼児もすでに身につけている。だから、ごっこ遊び見立て遊びが可能になる。表情に含まれる「こころ」を幼児は読み取る学習を重ねている。
 三木成夫の「おもかげ」は一個の人間に留まらず、いのちの連続として太古いやもっと遡って地球の誕生にまで重ねている。そこまで言うのならば、科学者としてではなく思想家としてであろう。

 “いつもの顔”──に、わたしたちはどれほどに安堵することだろうか。特別なことはいらない“いつもの顔”でよい。それが、一番いい。乳幼児も、おそらく同じだろうと思うし、“いつもの顔”に見守られて、遊ぶ。

 潮だまりには、満ちて引くという海の時間(とき)が流れている。”いつもの顔”がそこにある。そして、波の音で癒され、心落ちつく。

2022.11.15記す

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