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ライアル・ワトソン『思考する豚』
+ THE WHOLE HOG by Lyall Watson 2004
++ 訳:福岡伸一
+ 木楽舎 2009年

p23
//これが16世紀に大西洋を渡って「hog」となり、現在でも、アメリカ人のほとんどがこの語を使っている。最初のスペイン人入植者によって新世界にもたらされたユーラシアイノシシ(Eurasian wild boar)の子孫である、やせて鼻の長い、背の尖ったイノシシに似た動物は、アメリカ人に言わせればすべてhogである。//

p26~p29
//豚は縄張り的習性をほとんど持たないが、各群れは移り変わる行動圏内で暮らす。その行動圏は、より広い意味での群れ、すなわち「同族(clans)」の他の群れの行動圏と部分的に重なり合うこともある。すべての行動圏には数多くの定点があり、それらは互いに網の目のような小道によって結びつけられている。
 こうした定点の第一番目は、休息所だ。//……//豚の生活における第二の定点は、体を掻くための何らかの場所だ。//……//第三の定点、すなわち豚の行動圏において欠かせない目印は「糞をする場所」である。//

p26
//レム睡眠//

p38
//塊茎状の根を注意深く掘り起こして、その一部だけを食べ、他の部分はそのままにして再生させる。//……//いわば豚による農業が行われているのである。//

p38
//豚の臼歯は人とそっくり//

p44 //雑食が大脳新皮質を発達させた//

p44
//草食動物の中で、日常的に何でも食べるものが一つだけいる。それが豚で、豚の歯は今やヒトの葉と同じように守備範囲が広く、専門化していない。その結果、今日ではオーストラリア以外のすべての大陸に野生の豚が分布している。さらにオーストラリアでも、家畜の豚がもし逃げたら、大いに、繁殖することだろう。//

p44 上に続けて……
//雑食性は、動物の生息地と生活様式の選択の幅を確かに増やすが、それだけに留まらない。様々な種類の食べ物の刺激は、知的な営みを増進させるのに大きな役割を果たしてきた。雑食性であることは、好奇心が強く器用なこと、そして食べ物を見つけ、料理し、保存する新しい方法を探ろうという意欲に溢れていること、そして手先や蹄がよく使われることと関係している。雑食動物は、けっして探索を止めず、常に周囲に目を配って、自分の役に立ちそうなものはないかと探している。彼らは鷹揚なジェネラリストで、変化する時代に適応する用意ができている。それは彼らの脳や行動を見ればわかる。//

p45 さらに続く……
//豚の大脳半球は、体の大きさが同じくらいのほとんどの草食動物の大脳半球よりもずっと大きい。大脳新皮質の発達においても違いが見られる。豚の脳における感覚連合野の占める割合は、厳密な意味での草食動物の脳におけるそれに比べてずっと大きい。おそらくそのせいで、豚は知性を持つのではないかと思われる行動がとれるのである。//

p45 さらに……
//豚は、適切な食べ物を幅広く見つけることに長けているだけでなく長い時間を空けた後でさえ、そうした食べ物を再び見つけることにも長けている。この高度な空間記憶能力は、餌を探し回るにあたって大いに役立ち、周囲の変化や誘惑にそう簡単には惑わされない。
 さらに雑食動物は新奇な物体を調べていじる傾向が強く、幼い頃、遊んで過ごす時間が多い。彼らはまた、新しい技を覚えるのが非常に早く、それと同じくらい重要なことに、新しい動きが望ましくない結果を生むとわかれば、それを捨てるのも早い。言い換えれば、食べものにうるさくない傾向は、進化上きわめて優位な特徴なのかもしれない。そのことは、現存する中で最も大きい豚の歴史を見れば、明らかになってくる。//
※現存する大きい豚……このあと「モリイノシシ」p46 の節につづく

p58
//イボイノシシは急いで歩き去る時、尻尾がひとりでにピンと立つ。尻尾の先端の房が端になり、群れの仲間はその幟旗(のぼりばた)を目印にしてあとに続くのだ。//

p60
//イボイノシシの個体密度が高い地域では、それぞれの分布域が重なり合う場所にある場所にある巣穴の多くを「同族」の豚たちで共有する。多い時には18頭もの豚が、一晩同じ巣穴で過ごすこともある。//

p61
//野生のイボイノシシは15年ほど生きる。年取ったイボイノシシは本当にくたびれて見える。まっすぐだった背中は曲がって所々へこみ、鬣(たてがみ)はまばらになり、イボは垂れ下がってひび割れる。目の周りの皮はたるんで皺だらけになり、オオカミ爪はだらしなく地面を引きずるようになる。しかし心配しなくても、この威厳の失墜が長引くことはない。厳かな最期を迎えるのに喜んで手を貸してくれる地元のヒョウやライオンが、必ずと言っていいほどいるからである。//

p69
//フーヴァーは人間の手で育てられたので、そうした知識は持っていなかった。それでも、初めて生きたパファダー〔ヘビの名〕と向かい合った時、蹄を使って相手を動けなくし、顎を使ってその息の根を止めて、大人の毒ヘビを見事に怪我一つなく仕留めることができたのである。
 非常に強力で後半に及ぶ遺伝的な蓄積があるにちがいない。様々な環境的な問題に対する生得の答えの宝庫、肉食動物の戦略がつまった血液バンク。おとなしく草を食むよう適応してきた雑食動物の種の記憶にさえ、それはいつまでも残っているのだ。そうした遺伝プログラムには、草原には時々ヘビが潜んでいる可能性があることも組み込まれているにちがいない。//

p73
//これらの木々はフェロモン、すなわち空気で運ばれるホルモンを放出し、隣接区域の他の木々に、捕食者になりうる者が近づいていると警告する。//

p73
//主としてキノコ類は、実に奇妙な絆を豚と築いてきた。
 発端は、地中のキノコと広葉樹との間の、ほぼ完璧と言える協力関係だ。広葉樹には生物に不可欠な元素であるリンが不足しており、この微量元素を十分に得るためには、地下1.5メートルほどの根に寄生する真菌類の助けを借りるしかない。こうした「トリュフ」は300種近くあり、最も有名なのが黒トリュフである。
 これはヨーロッパ産オークの木の毛髪のような小根にくっ付き、「菌根」と呼ばれる共生器官を発達させる。それによって、真菌類は樹木上部の日に当たる葉の繁った部分で作られる炭水化物を利用できるのである。そのお返しとして、真菌類は土中にクモの巣状に広がり、水分とミネラル分を集めて、それを樹木と分かち合う。
 オークの木はドングリによって繁殖するが、真菌類は誰かしら胞子を散布してくれる人を見つけなければ、暗闇の中に根を張ったままだ。たしかに、ハエの幼虫や一部の冒険好きな齧歯動物は、真菌類の胞子を少しは地表に運びはする。しかし有名なフランス・ペリゴール産の黒トリュフは、野生の豚を仲介として使うという、実にうまい手を思いついたのである。この目的を達するために、黒トリュフは5-アルファアンドロストールを完璧にコピーして合成した。これは活性テストストロンで、通常は交尾期の雄豚の唾液腺から分泌される。
 キノコと哺乳動物の間でそうした共適応がもたらされるまでに、どのような暫定形式がとられてきたかを想像するのは難しいが、実際のところ、トリュフは真冬に、この豚のステロイド・ホルモンを地上に漏れるほど大量に放出し、通りかかった雌豚の注意を引くのである。
 雌豚は巣穴にセクシーな雄豚がいると思って、大いに興奮して土を深く掘る。しかし、彼女が得るのは残念賞の珍味だ──もっとも、美食家はこの珍味になんと1ポンド(約454グラム)あたり1000ドル払う用意ができているのだが。そしてトリュフはというと、雌豚が荒々しく穴を掘るおかげで、大量の胞子が空中に放出されるという利益を得るのである。
 この取引に関わっている哺乳動物が豚なのは、きわめて妥当である。//

p75
//いくつかの研究によれば、西ヨーロッパに野生のイノシシが生息することが、樹木の生長を促していることがわかっている。//

p81
//豚の脳の嗅球は発達しており、大きな鼻腔の裏に広がる感覚細胞に助けられている。この鼻から前頭葉への直接の化学的結合が匂いの認識と記憶を司り、おかげで、生まれたばかりの子豚でも自分の母豚の居場所がわかるだけでなく、自分用のおっぱいの在り処までわかるのである。//

p83
//哺乳類は、業界ナンバーワンの鼻を持つ「嗅覚の達人」である。ただ匂いを追跡するだけではなく、自分の匂いを自分で作ることもする。我々哺乳類は匂い工場になってしまったのである。私たちの温かい血はきわめて香り高い化学物質をつくり出し、その物質は皮膚の穴という穴から空中に漏れ出して、それぞれ特有の匂いのサインとなる。
 それは秘密の仕組みではない。私達の住む世界は嗅覚情報の放送網が張り巡らされていて、私たちの体内の状態を外の環境と結びつけ、誰もが共有できる嗅覚通信を提供している。//

p84
//縄張りの中にいることよりも、匂いという自由自在な境界線を引いて群れの中に身を置いていることに安全を感じるのだ。//

p94
//働きアリは、触角で相手の背中をサッとひと撫ですれば、互いを識別できるのだ。//

p110
//興味深いことに、クビワペッカリーとクチジロペッカリーのどちらもせいぜい2頭しか子どもを産まず、子どもたちは、生まれて数分で自分の脚で立つことができる。これは、明らかに、ペッカリーの群れが頻繁に移動することに適応した結果だ。ほとんどの有蹄類の子どもは「離巣性の」──巣を捨てる、あるいはまったく巣を持たない──という言葉で表現されるが、ペッカリーの子どもたちも然るべく早熟にできているのだ。//

p112
//一番頭に近い乳首を狙うのは、普通はこれが一番乳の出がいいからだ。//……//優位をめぐる争いは、生まれて数分以内に起こり、//……//普通は1時間も経たないうちに乳首の順番が確定することになる。//……//乳首の順番がそのまま体重増加の割合に現れる。//

p113
//こうした乳首の順番がどうやって確立するのか、そして、自分が選んだ乳首を子豚はどうやって認識するのか。それらはまだ謎に包まれているが、おそらく匂いが鍵だと思われる。//

p118
//イボイノシシの場合、子どもたちが他の母親にも面倒を見てもらえるという「他者授乳」がある程度見られることもある。//

p131
//遊びがなければ、いくつかの非常に大事な社会的能力がきちんと身につかなくなるかもしれない。遊びは、人間と同じく豚にとっても、脳の健康にとって必要なものであるらしいのだ。//

p133
//豚の新生児たちは数分で母親の声を認識し、これに反応するようになる。生まれて1時間も経たないうちに、子どもたちは、母親の声とそれ以外の雌の声を聞き分けられるようになっている。//
※「数分」や「1時間」の表現は、機能を邪魔しているものが取り除かれる経過時間であって、学習の結果ではないのかもしれない。

p153
//犬よりずっと多くの長所を持つ生き物、豚だ。//

p163
//イノシシたちは普通、極めてよく鳴くが、特に深い茂みなどでは少なくとも10種類の鳴き声を使い分ける。//

p167
//かつては原野で体を完全に隠してくれたくっきりした縞模様が、子豚の体から消えてしまった//……//クルンと巻いた尻尾である。尻尾が巻いていれば、それは家畜の証拠。尻尾は語る、である。//

p168
//野生に戻った飼い犬は、たちまち群れて行動するようにはなるが、見た目にはそれほど変わらない。しかし、豚は違う。確かにより豚らしくなるのだ。飼い豚とは一時的に飼い慣らされた者、仮の家畜であり、新石器時代の革命による恩恵を十分に傍受しながらも、それをいつまでも続く状態として受け入れることは決してない。いつだって、どちらに転んでも大丈夫。人間様の大盤振る舞いが終わりになれば「残り物をありがとよ」と再び森に帰り、喜んで土をほじくる、それだけのことだ。ほれぼれせずにはいられない。//
※このあと「遺伝子プール」の節に続く

p218
//「四本脚のトウモロコシ」//

p219
//「豚の道(hog trails)」//

p232
//「盲動豚」//

p241
//豚は物事を意識している生き物であり、心を持つ個である。人間が次の行動に移り、妥当な疑問を投げかけてくるのを待ち受けているように思える。だが、私たち人間のほうはいつもポイントがずれていて”豚”と”豚肉”の、意識的生き物とベーコンとの混同を回避することができない。//

p253
//近年『三匹の子豚』のような古典民話の政治的正当性版を作ろうという、思慮に欠ける試みがいくつかあった。三匹の子豚は教訓を学び、しかるべき狼対策保険に加入し、ずっとしあわせに暮らしました、というような話である。ここで報告しておくが、どんなに幼い子供だろうと、このような馬鹿げたことを考えたりはしない。文字を知らない子供は、本質的に血生臭いといってもいいほどのリアリズムを持つ傾向がある。子供たちはまだ文字も読めないうちから、世界がどうやって動いているのかを理解しているし、何かしらの仕返しが待っていることだって予想している。当然の報いを見たいし、三番目の豚の戦略がうまくいって大喜びしたいのだ。子供は教訓話に最小限の戒めしか求めない。//

p261
//最古の豚の絵とされているのは、約4万年前、北部スペインのアルタミラ洞窟に描かれたものである。//

p275
//豚小屋のまわりを時計回りに3回歩くとたいていの病気が治る、というのはアイルランド人だ。//

p303
//メラネシアでは、どの村を訪れても豚が本当に行儀がいいことに驚嘆した。島の豚と飼い主が並々ならぬ信頼関係で結ばれていることが大きいからに違いない。しかし、飼い主に背く豚はすぐに食べられてしまうということにも、この秘密の一端があるのではないかと私は思っている。//

p313
//現在、家畜の豚は世界中に10億匹いる。アジアに60パーセント、ヨーロッパに20パーセント、南北アメリカに15パーセント、残りがアフリカと太平洋の島々に生息する。この中には今でも、”豚文化”が機能している地域がある。そういう土地の生活や伝統は完全に豚が左右していて、人間は豚と共に家や庭を分かち合っている。//

p313
//だがこれだけは言える。豚は私たちの心を動かさずにはおかない生き物なのだ。年がら年中、南極大陸以外のどこにでもいるが、どこにいようと皆が認めることが一つある。豚は偶蹄動物にあるまじき賢さを備えている、ということだ。//

p322
//どうも”豚”と”知性”の二語を組み合わせるのは矛盾していて、自然科学的につじつまが合わない表現なのだと仮定されているようである。//

p322
//私にとっての〔豚をここまで興味深いものたらしめている〕基準は、1855年、農学者ウィリアム・ユーアットがしたためた一節である。「一般的にみて、豚の生活、少なくとも家畜化された豚の生活は、理性の力を使う必要などまったくない。欲しいものは何でも人間が先手を打って用意してくれるし、豚の世界は豚小屋付近に限られている。しかし、こんなに享楽的な安寧さの中にいてさえ、個々の豚は並外れた知性を見せてきた。記憶や愛着、社交的な資質といったものを持ち合わせていることを立証するに足る逸話は数々ある。しかし、目下の豚の論じられ方といえば、そういった点を議論展開していく余地などなく、ただ獣の本能を取り上げることに終始するのみだ」
 そのとおりである。//

p323
//イェール霊長類生物学研究所で自然界の習性原理を研究するが、チンパンジーの研究業績が最も有名だ。だが、チンパンジーの研究に取りかかる20年も前、ヤーキーズはすでに豚で実験をしていた。//……//その一つが”ごほうび探し”である。//……//実験は40回繰り返され、各回とも動物がごほうびを手に入れるまで続けられた。//……//さらに複雑な仕組みがあった。実験が10回終わるごとに、ごほうびは違う小部屋に置かれる。//
p324
//間違えたときは必ずお仕置きが待っていて//……//ネズミを調べ、次にモリバト、カラスを調査する。//……//ヤーキーズが欲したのは、抽象的な思考、つまりは”発想”を持ち、しかも保ち続ける能力が動物にあるという証拠だった。//
p324
//ネズミはそれなりに良い結果を出した。モリバトは我慢強いが順応に時間がかかった。カラスは出来が良くほとんど直観的だったが、飽きるのがいくぶん早い。その後、ヤーキーズはハーバード大学の実験場の果樹園にしつらえた大きな装置でチェスター種の白豚を使って実験した。
 「豚は、私たちがあえて期待したよりもはるかに満足のいく実験動物だとわかった。実に着々と規則正しく実験をこなしてくれたので、時間のロスというものが実質的になかった。こんなに多くの結果が得られたのは、もっぱら、豚と実験手法の相性が期せずして良かったからだ」//

p325
//「豚はわかったんだ!」ということを用心深く心理学者特有の言いまわしで述べている。後日、人間の生徒が数人同じ実験を受けさせられるが、豚よりも出来は悪かった。//

p325 しかし……
//私の知る限り、その後のヤーキーズも彼の教え子も、二度と豚で実験することはなかった。彼ら以外の行動主義心理学者たちは白ネズミのますます退屈な研究を繰り返すようになったが、これは現実世界の存在問題とは何の関連もない。そして、豚は科学の忘却の淵に取り残され漂うことになった。
 なぜなのか、理解に苦しむ話である。初期の実験で豚がみせた素晴らしい出来映を考えれば、裏付けがされ研究が広がっていく必要があったというのに、この研究を引き継いでわくわくするような結論を導き出そうとする者は誰もいなかった。「それで……」という言葉が、宙に浮いたままになってしまった。//

p326
//二十世紀前半の動物の学習に関する研究は、三分の二が実験用ネズミによるものになり、豚は蚊帳の外におかれた。コンラート・ローレンツ、ニコ・ティンバーゲンが自然の中の野生動物に立ち返り、動物の行動の研究に自然選択の原理を再び持ち込むまで、この生物学らしからぬ狂気の沙汰がはびこっていたのだった。//

p327
//豚の知性というテーマに直接光を当てたものは、二十世紀最後の10年間が来るまではほとんどなかった。//

p328
//ここ10年、生命科学者たちの小さなグループの中から、断固たる努力をする者たちが出てきた。彼らは動物行動学、心理学、哲学の分野で経験を積んできた研究者たちで”動物の認知力”という新分野を確立して科学的にきちんと認められるよう尽力している。ほぼ一世紀にわたって無視され続けた末、嬉しいことに、豚は再度、重大な証しをすべくお呼びがかかっているのである。//

p330
//目下のところ、豚の認知力の研究で最前線にいるのは、ブリストル大学の豚研究チームを率いる動物行動学者マイケル・メンドルだ。1997年に調査を開始したこのチームは、半自然状態の環境でラージホワイト種の豚が食物を獲得する行動に注目し、食べ物の在り処に対する空間の記憶がとても発達していることを発見した。これはリスやイヌにも当てはまるのだが、メンドルはさらに次のようなことを示してみせた。まず豚は自分が知っていることを自分のためだけに利用したり隠したりして、特別な利を得ている場合が多いということ。そして豚は自分だけがもっと上手くいくように、他者を欺く作戦を時折取るということだ。//

p331
//「他人が自分と違う考え方をする」ということを初めて理解したときの七歳児の驚きのようなものだ。//

p331
//たとえ弱い豚が用心して餌の場所へ行こうとしなかっただけだとしても、その豚は創造的に頭を使ったことになる。どちらの場合にしても、豚に心の働きがあり、行動を自ら調整しようとする気持ちが存在することを示唆している。結論を言えば、餌箱に顔を突っ込めるのは最強の豚ではなく、お利口なほうの豚なのだ。//

p332
//豚には、意識的に思考し、抽象化して論理的に物事を考える能力がある。このことは、すでに多くの証拠が挙げられていると私は思う。だが、こういった結論が科学的に容認されるための証拠を記録した資料は、いまだ不十分であることは認めよう。//

p338
//私にはわかる。豚は心を痛め、泣き、感じ、誰かと意思疎通し、複雑な社会問題を解決し、こういったこと全部を頭の中で考えるようにできているのだ。豚は自分たちの文化を持っている。//

※本書はp338で結ばれている。著者の結論と言ってよいだろう。

2023.6.3記す

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