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module は、生体に適用される専用語ではない。「moduleとしての部品」のイメージを生体にアイデアとして適用したものと考えられる。
明和政子『心が芽ばえるとき』(NTT出版 2006年)p51~58 に、//モジュール──祖先から受け継いだ自動情報処理装置//が当てられており、主体仮想センサーを考察するにあたり極めて重要なので、専用ベージをここに設定する。
p52
//生きるために身につけねばならない基本の術、つまり一般的な知識の獲得をガイドしてくれる生得的な情報処理装置を「モジュール(module)」と呼ぶ。モジュールによる情報処理は、自動的、反射的になされる。そのため、外界への対処法について学習するための時間を割かずとも迅速な対応を可能にしてくれる、きわめて効果的な装置といえる。//
p53
//その反面、モジュールが扱うことのできる情報には制約がある。モジュールが機能している時期には、とりあえず処理する必要のない情報は除外されるのだ。そう表現すると、モジュールとは何とも強制的で柔軟性に欠けるといったネガティブなイメージを持たれるかもしれない。しかし、ご安心いただきたい。じつは、モジュールとは、個体の心の発達にとって重要なある限定された期間に集中的に機能する傾向が強いものらしい。その時期を過ぎると、モジュールの果たす役割はゆるやかなものとなる。//
p53
//このよい例を、ヒトが言語を習得する時期に見ることができる。ヒトは、3~4歳までに母語の基本をさほど苦労するようすもなく身につけるように見える。それに比べて、大人になってから第二言語(外国語)を母語レベルで習得するのはかなり難しい。このことは、母語を習得する時期に強力に機能していたモジュールが、大人になったときにはすでにその役割を退いている証拠であると考えられている。大人はモジュールによる手助けを期待できないので、残念ながら根気強く時間をかけて学習を積み重ねていくしかない。//

p53
//少し専門的な話となるが、モジュールは「領域固有性」を持つ、組み込まれた知識表象の集合体であるといわれている。「領域」というのは、言語、数、物理、生物など、特定の知識の種類を意味し、モジュールはそれぞれの領域の情報を「固有」な単位で処理する。モジュールの領域固有性の考え方をわかりやすく伝えるために、図1-12〔上図〕の蜂の巣のようなイメージで表現されることが多い。
これまで考えられているモジュールには、さまざまな種類がある。言語モジュール、物理モジュール、心理モジュール、数モジュール、音楽モジュールなどがその例だ。//

わたしは左図「主体仮想センサー」をイメージしていることから、「モジュール説」について強い関心をもつ。今後さらに、(1) カミロフ=スミス『人間発達の認知科学 精神のモジュール性を超えて』(2) 子安増生『幼児の他者理解の発達 心のモジュール説による心理学的検討』(3) ジェリー・A.フォーダー『精神のモジュール形式 人工知能と心の哲学』を参照して、理解を深めたい。
▶ 主体仮想センサーの思考実験
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p56
//赤ちゃんが外界で生き抜くための術を驚くべきスピードで身につけていく事実が明らかにされるに伴い、モジュールが赤ちゃんの心にあらかじめ組み込まれているという主張は、ひじょうに説得力のあるものとして受け入れられつつある。
しかし、これで赤ちゃんの持つ適応能力のすべてが説明できたわけではない。固有の知識を互いに関連づけて広く利用できるようになるのか、という点にある。この問題については、じつはまだ十分な説明がなされていない。//
p57
//モジュールと発達のプロセスとの関係については、今のところ大きく分けて二つの考え方がある。//
p57
//ひとつめは、各モジュールが受け持つ専用の情報は、細部にわたるまで生まれつき特定化されている、という考え方だ。これによれば、モジュールが機能しなくなった後も、モジュールによって身につけてきた知識を基本としながら、それぞれの領域ごとの学習が個別に進んでいくことになる。
それを裏づける証拠としてよく挙げられるのは、脳損傷の結果生じる障害の特徴のほとんどが、きわめて領域固有的なものであるという点だ。たとえば、脳の損傷箇所によって言語能力だけが損なわれたり、他者の顔を理解する能力だけが損なわれたりするなど、ひじょうに特定化された疾患が現われる事例が多い。//※前者
p58 ※後者
//もうひとつは、モジュールが受け持つ専門性はもっとゆるやかなものであり、生後の経験が強い影響を及ぼす、という考え方だ。各モジュールの専用情報は、あらかじめ固定化されているわけではない。モジュールの機能は、最初はある特定の情報へ注意の「バイアス」をかける程度であり、その後バイアスにそって赤ちゃんが外界を経験するにつれ、モジュール化が特定の領域内で進んでいく。
ここまでは前者の考え方と近いのだが、後者の考え方で重要なのは、既存の領域固有の知識は最終的には特定の枠組みを超えたかたちで適用されるに至る、という点にある。既存の知識では対応できないような経験がしだいに蓄積されると、既存の知識を自分が利用可能なかたちへと柔軟に書き換える作業が脳内で起こる。後者の立場をとる研究者は、このように考えている(この「書き換え」メカニズムは、後者の考え方の柱となっている。詳細は、A・カミロフ=スミス『人間発達の認知科学』などをごらんいただきたい)。//
p58
//こうしてみると、後者のほうが説明力があるとして受け入れやすい印象を持たれるかもしれない。しかし、実際にはこのどちらが正しいかを結論づけるための証拠はまだ十分揃っていないのが実情だ。いうのは簡単、しかし証明するのはやはり難しい。//
p117
//ニホンザルの赤ちゃんが個別の他者の顔をどのように覚えていくかは、ヒト、そしておそらくはテナガザルと同様、種固有のものとして遺伝的に決まっているわけではないらしい。//
p117
//霊長類の顔認識の発達のしかたは、生後の視覚経験に大きく影響を受けるようだ。//
p118
//ヒト的な養育環境には、個別の顔をなるべく早く学習するための条件が揃っているのだ。//
p128
//新生児微笑から社会的微笑への発達の道すじ、これはヒトとチンパンジー(あるいは大型類人猿)に限定されたものであるらしい。//
2024.8.31記す