保育は引き算、子育ては足し算。── 擬育7

 保育実習前、学生は準備に忙しいが、気持ちも張ってくる。保育室には20~30人の子どもがいる。子どもは「お客さん好き」なので、保育室に入ったとたん「なにしにきたん」と声が飛び交うと同時に、子どもたちが取り巻く。正確に記述してみよう。
 じつは、みんなが寄ってくるのではない。幼児であっても、彼らは時間を無駄にしない。遊んでいる最中、佳境さ中の子は寄ってこない。せいぜい首を向けて(誰か来た)と思う程度だ。他人になつきにくい子も来ない。まあ、半分だ。その10人程度のうち、必ず誰かが手をさわりにくる。膝に乗ってくる。手は2つ。ひざも2つ。4人定員で満員。手をつないだ子、ひざに乗っている子。この子らは、みなくてよい。だから10-4=6をみればよい。引き算なのだ。20人いるクラスでも、10人は遊びをやめず、寄ってきた子のうち4人は預り済みだから観察したい子は6人になる。このことを実習期間のあいだに気づけば合格だ。
 さらに上等なことを言えば、遊びをやめてまで”おきゃくさん”に寄ってくる子は、遊びが十分でなかったと推察できる。これをヒントに、子どもとやりとりを加えることで、保育者として今すべきことは何かと思いが馳せればさらに合格だが、初心者に望むのは無理だろう。観察すべき子をみつけるのは引き算なのだ。
 親に引き算を求めるのは、むずかしい。うちは放ったらかしよ、と言いながらも、気持ちは足し算だ。引き算を誇れる親は少ないし、引き算がよいと勧めるのではない。保育園に子どもを迎えに行き、そのとき、子どもが求めていることは、親の足し算だ。保育士が所詮親になれないのは、こういうことだ。私の考えでは、小学3年生になったら、親は引き算の練習を始めて欲しい。それまでは、足し算だけでよい。
 出産で我が子を抱いたとき、出会ったとき、足し算以外あり得ない。足し算で始まる子育て。何をしてやっても足りない思いがつきまとう。子育ては足し算だから。蛇足だが、抱き癖というのがある。これは、引き算思考だ。気にしない、気にしない。抱き癖、けっこう。子どもは足し算を求めている。
 かわいい子には旅をさせよ、の成句がある。まさに「旅」が引き算を表している。

 ところで、子育てが足し算であるのなら、保育も足し算が正解でないか。引き算で観察すべき子をみつけてからは、足し算ではないか。否、保育士ひとりあたりの受け持ち人数が多すぎるからではないか。もし、保育士1人に担当する子どもが1人ならば、足し算でよいではないか。たとえば、5歳児であっても、子ども5人に保育士が1人だったら、これも足し算でよいだろう。集団の人数としては少ないならば、10人に2人、15人に3人ではどうか。

2019.5.13記す