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石巻・十三浜の、若者 子育て世代と出会って

 「しゃがみかた、足りねえから」
 長老のセイゴさんから小声をかけられ、Y君(小学1年生)はペコッと頭をさげた。親譲りの小さな後継者に長老たちは満足な笑いで励ました。
 その1時間半前、ひと眠りから覚めない表情でY君はお母さんに連れられ2階の練習場に入ってきた。10月3日午後8時40分。「さあ、あと1回して終わろう」とセイゴさんが指揮すると胴取りのバチが踊った。再び、鐘と太鼓の音が鳴り響いた。
 太鼓が鳴ると自然にからだが動く、子どもの時からやっているからね。──そう話したのはミツトシさん。T君(小学2年生)のお父さんだ。
 T君の振りかざした扇(おうぎ)の先が下がっていたので、メグミさんが手をそえた。太鼓のきざむリズムに合わせ、しゃがんだり伸びたり足を擦る。T君たちが舞う仮設のこの練習場は、T君とミツトシさんの家があったところだ。震災前は、ここ十三浜大室(おおむろ / 石巻市北上町)に住んでいたが津波で流されてしまった。50戸あったうち48戸が流されたという。セイゴさんの兄、大室南部神楽保存会の大師匠は未だに行方がわからない。

 「子どもだからといって気をゆるめない」とセイゴさん。「前は毎日練習したんだ」「神楽やって勉強できないなら神楽やめろ、そういって毎日やった。しかし今はそうはできない(大室を離れて仮設や他市に移り住んでいる)から金曜日ごとに集まっている」
 夕方まだ明るいうちに大室漁港に着いた。リアス式海岸の入り江になっていて、波止場で仕切られた内湾では漁船やボートがおだやかに揺れていた。波止場に立つと外海に小さな島があり、天然の防波堤になっていた。島を分けて左右から波がこちらに向かってきて磯にぶつかりバサッと音をあげ白波を立てた。勇壮かつ美しい浜を地元の人たちは自慢し、一日も早くこの景色の見える地に戻りたいと願う。神楽復活への情熱はその証でもある。

 浜に帳(とばり)がおりた頃、クルマのライトが次々と集まったのだった。お父さん(シゲキさん)の舞いをビデオで見ながら真似ていた時は4歳だったD。ビデオで見ていたので左右逆だったが、5歳になった今、誰の振りを見ることなく舞う。シゲキさんは天女役のメグミさんを相方にして30分間の羽衣伝説を熱演した。じいさんたちが鐘を鳴らし、若者が神楽を復活させ、子らが真似る。三世代それぞれが汗を噴き出させていた。

 2011年3月11日の震災から3年半が過ぎた。復興公営住宅を待つ人びとには耐えがたい歳月だ。住宅建設遅れの理由は、東京オリンピックの影響を受けた資材高騰や労働力不足、用地確保が困難など難題山積で行政も苦慮していると見られる。出会った市会議員の話によれば、住宅抽選で何度もはずれ困り切っている市民が多くいることはよく承知している。しかし、地盤沈下が激しく軟弱な地盤の上に建てるわけにもゆかない。議員の表情がゆがむ。
 子育て世代はどうしているのだろう。あかちゃん、幼児、小学生を抱えている世代は、年齢が若いだけに元気と思われやすい。だけど、先に見た十三浜のように基盤産業である漁業とその加工業という生業(なりわい)を失い、住宅を失い、家族を失い、友人たちが散り散りばらばらになってしまっては、何を拠り所にしているのだろう。直接、その若い人たちの声を聞きたいと思った。

 仮設にっこりサンパーク団地は標高約30mの高台にあり、眼下に北上川を見下ろせる。その左手方向は河口にあたり、そこからリアス式海岸が始まる。ミツトシさんの仮住まいはここにあり、そして、子育て世代の家族3組に集まってもらった。
 「今日はこうして子育て世代の人たちに集まっていただき、震災後のこれからをどんなふうに考えておられるのか、お話しを伺いたい」と説明したら、「(若者は)みんなどっと石巻に行った」と切り出された。現在の石巻市は2005年に1市6町が合併して新石巻市になった。それから9年の歳月を経ても、彼らは、旧の石巻を「いしのまき」といい、生まれ育った自分たちの土地を「きたかみ」と言う。
 北上(きたかみ)にいたら高校行くにもバス代が高いし、仕事は石巻に行けばある。JRの駅もあるから仙台にも行ける。北上にいたら何にもできん。仕事が終わり家で一杯呑みたいと冷蔵庫を開けたらビールがない。気づいても、どこにも買いにいけん。アイスが食べたいと思っても15kmを走ってやっと買える、と口々に話す。
 これから先どうなるのか情報が入ってこないとママさんたちがいう。どこに復興住宅が建つのか、公的な施設がどう整備されるのか、保育所がどうなるのか。パパさんもママさんも即興で情報交換する。どこかで勝手に決められていくという不満もあるけれど、若い世代を核にしたまちづくりの話し合いの場もあるらしい。しかし一番の期待は、まちづくりよりも仮設を早く出ることのようだ。

 荷物を置くところがない。隣家の声や音がする。子どもの将来や通学にかかるバス代のことを考えると、石巻に出たほうがラクになる。(いしのまきのような便利なところに、私も出たい)という気持ちがありそうだった。そんな空気になった時、「きたかみが好き!」とママさんの一人がいうと、「老後はきたかみで」とパパさんが返した。大室の神楽復活は子育て世代の若者たちが仕掛けた。それは、神楽をシンボルにした地域再生への試みだ。地域と子育てが結びつけられている貴重な事例だけに、子育て世代を支える社会の仕組みが望まれる。

 ひろぶち保育所(私立)は石巻市の中部に位置する。大正15年に隣保館より開園した、石巻で最も古い保育園だ。震災や津波の直接的な被害からはまぬがれた。被災地から転居してきた人たちもあり、定員60名をほぼ満たす。周囲は田園に囲まれ自然豊かで、隣保館があった広渕寺(こうえんじ)に隣接する。

 ここで新たな試みが始まろうとしている。子どもの育ち、保護者と協働しての保育、保育士の研修を同時に図ろうとするもので、その核にするテーマを「子どもの遊びと暮らしの豊かさを考える」とした。講師役が拙者なので宣伝めいて恐縮だが、石巻の環境(自然と社会の両面)に適合した実践的な保育と子育ての研究をめざしている。「きたかみが好き!」と同じように、「ひろぶちが好き!」といえる子どもたちを育てることが目標だ。

 10月4日、初めての職員研修を行った。園庭のすみっこに生えている草から葉っぱを一枚取り、葉脈に沿って縦に裂く。裂いた葉を両手親指の隙間に挟んでフーッと息を吹き込めばピーと鳴る。理屈は簡単だが、これがなかなか鳴らない。草笛ではこれが一番大きな音が出る。「20分用意すれば、ほとんどの人は鳴ります」と予告して訓練開始。なぜ草笛なのか。それは、子どもは必ず音のした方向を向くから。この草笛の材料になる葉は場所を選ばずどこにでも生えているから。そしてコツさえわかれば、力を抜いてそっと吹きかけるだけで鳴るから。さて、結果は? 思いのほか早く、草笛があちこちで鳴った。

 兵庫県淡路市に話を向ける。
 淡路市は淡路島北部に位置し、石巻市と同じ2005年4月に5町が合併してできた。合併当初26か所あった保育所(園)は17か所になり、市の計画によれば6年後には8か所以下になるかもしれない。小学校は同様24校あったものが16校になり、7年後は6校になるかもしれない。子ども人口の激減がもたらす結果だとしても、保育所や小学校の閉鎖・統合は地域の成り立ちを根本で揺るがすのではないか。
 石巻市の場合、合併後に保育所の数は減っていない。私立保育園の新設があってむしろ増えている。
 9月28日、統合によって廃止となった保育所・小学校を実地に見てまわった。外観を見るにとどまったが、クルマを走らせて10分とかからない間で、次々と現れる無人と草ぼうぼうとなった風景に言葉がなかった。阪神という大都会を通勤圏に含む淡路市と石巻市を同列には論じられない。淡路市が保育や子育てに今後どのように取り組んでいくのか注視していきたい。
 淡路市のある市会議員は次のように説明した。住民自治と団体自治を比較して、市当局は団体自治を優先してしまう。子どもが減って財政的に維持できないと判断すれば統廃合を選択することになる。住民自治、つまり住民の意向は反映されにくい。統廃合はやむを得ないとしても、草を生やして廃墟としてしまうのは無策にすぎる、と。震災後の石巻市が同じ轍を踏まないようにするにはどうすればよいのか。

 子どもの頃によく遊んだ思い出の場所を大人になって訪ねてみると、「なーんだ、こんなに近いところだったのか」と思わされることがよくある。子どもの時には大きく見えた樹木や岩も同様だ。案外と小さかったのだ。でも、よく考えてみて欲しい。そうやって子どもの時代を通り過ぎて、みんな大人になった。日が暮れるまで遊んだ帰り道は遠かった。
 故郷(ふるさと)は心に遺るだけでない。実際に「ひと」を育ててきた。地域は人を育む。「きたかみが好き!」という若者は、北上(きたかみ)と自身が不可分なのだ。そのアイデンティティが神楽の伝承を支えている。
 草笛を鳴らした散歩道、巣立った保育所、小学校はいつまでも心の拠り所であっていい。まちの再生は、そのまちで育った人が行うのがいちばん適任だ。保育や子育ては第一義的には親の役割だろうが、それを支える仕組み(社会保障)を欠かしてはならない。東北の大震災はそのことを教えてくれているのではないだろうか。

※全国私立保育園連盟『保育通信』No.716 2014年12月号 に発表したものです。
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2014.12.15再録

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