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どこでおぼえたことか、記憶として確かなことと思うが、ときに気のせいか?と思ってしまうこともある。その気になっていることを書き並べてみようと思う。
その1……
朝日新聞の連載記事で「無の境地」を追っていた(のが、あったように思う) 寺の坊主に訊いていた。
坊主が「無の境地」にあるときの脳波を測った。脳波が平坦になって「無」を確かめ、記者が人の名前を片端から読み上げた。ある名前を呼んだとき、脳波がピクッとした。実験が終わって、坊主に訊ねたら「私の子ども」の名前と言った。
その2……
小学生のとき図画工作の時間。版画制作の授業で「手を前にしてはいけません」と口説く言われた。夢中になっているといつのまにか手が出ていて、そのたび、机間巡回している先生に注意された。それでもやってしまって、黒い血を噴き出せてしまう。
ラジオだったと思うが、さっぱり思い出せない。棟方志功は「手に切り傷だらけ」だったという。棟方志功でも、夢中になったら手が出ている。意を得たり!の思いに至った。後年、青森の棟方志功記念館に電話照会したが、事実関係はわからないままだ。
その3……
岩城宏之がラジオで語った。出番の少ない演奏者の話題で、ある公演のとき、シンバルの出番が迫った。指揮棒を振っていると奏者が立ち上がった。いざ、ここでというとき、シンバルは打たれなかった。
さて、出番が終わったら坐ることになる。どうするのかな?と思ったら、やがて坐ったという。当事者は冷や汗ものだ。時効になったか、岩城宏之はおもしろい思い出話として語っていた。
その4……
日本は「王国」。小学校高学年のとき、社会の副読本で地図帳があった。その付録で国の一覧表があった。国名に並んで、共和国、王国、民主共和国等々あって意味がわからないまま眺めていた。日本の行に「王国」とあった。今となれば、行を間違えたかと思うが、天皇の国は王国ということか?と、ずーっと疑問のまま。
これを明らかにして解決したいと思っていた。検定教科書ということと、当時の年次を割り出せば見当がつくだろうと思い、神戸市立図書館「相談係」に問い合わせた。結果、神戸市立小学校で使用されていた社会科地図帳は、帝国書院の『小学校社会科地図帳 4,5,6年(五訂版)』と判明。現物は、京都府立図書館に所蔵されているという。まだ現物に再会していないけれど、いつか機会をつくって確かめたいと思う。
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「記憶」は4つのプロセスから成り立っている。①記銘→②保存→③想起→④忘却となっていて、③想起を「記憶」と言い慣わしている。上記4つの例も③想起に相当する。地図帳付録ページの紙質まで、どうかすれば記憶している錯覚におそわれる。版画で手を切った瞬間は保存されなかったようで思い出せないが、黒い血の出た記憶はある。
胎内にいたとき、あかちゃんは母の声を覚えていて、生後すぐ、母でない声を区別して聞き分けられるらしい。
その一方で、さまざまな体験は「記銘」されるが、「保存」のプロセスつまり「意味づけ」されなかったものは、夢に出てくる、ということになるらしい。夢に脈絡がないというのは、なるほどと思う。
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生まれる前、2億5000年前の”記銘”も私たちの生命活動の基になっている、という。爬虫類にはなく哺乳類に進化することで(2億5000年前に)備わった脳神経の機能が今に至っているという。自己肯定や他者と力を合わせて事を為すなど「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」(草枕/漱石)は逃れられないワナともいえる。確かに、幼児にもこの片鱗はあるような気がする。これは「①記銘」とは言わないのかもしれないが、素直になりなさいという戒めでもあろう。
2023.3.1記す