
酒井邦嘉『チョムスキーと言語脳科学』 集英社 2019年
p118
//普遍文法と見なせる次の二つの原理をまとめておきたい。
(第1原理)木構造で枝分かれの生じる節点では、下に主辞が必ず含まれる。
(第2原理)木構造で枝分かれの生じる節点では、二股の分岐が必ず生じる。//
p118
//これらは、自然言語の特徴として生得的に人間の脳にあり、乳幼児が周りのデータをもとに学習する必要はない。// ※学習ではなく生得的、という意味。
およそ4歳の子が、◎を好きか嫌いかを問いかけてきたとき、それは「★好き」が正解である。好き・嫌いは入れ替え可能で、「★嫌い」であれば、「嫌い」が正解である。選択肢の「先」にあるものが正解なのである。
ノーム・チョムスキーの言語理論に登場する「木構造(きこうぞう)」で図解すると上図のようになる。
木構造は枝分かれと同じで、二股に分かれている。幼児の正解は★外側で直結している。幼児は☆印を設けられるようになっているが、自身の正解は外側★に置いてしまうのである。
「◎を+好きか?/嫌いか?」の形式はこれまで「二語文」として、わたしは認識してきた。しかしながら、普遍文法の理解が進むに従い「二語文」を「完全句」(最下段に「用語の整理」あり)と捉え直し、主語部を欠くことから「状態句」ではないかと考え直すに至った。空としてある主語部には、「ぼくは/わたしは/○○は」(幼児は自身の名前を○○に入れることが多い)が入ると想定。

くつをはく動作をしている最中に、「くつ」と言えば、くつをはくんだとおとなは推察する。「はく」と言えば、はかせてと催促されていると思う。このように、「くつ/はく」だけのときもあれば、「くつ(を)・はく」と言うときもある。前者を一語文、後者を二語文と、これまでは認識していたが、上記の例と同様、木構造によれば、状態句であり、主語部を欠いているということである。「ごはん・たべる」「ママ・好き」も同様である。
(ぼくは、)ママが好き。
みっちゃん、くつ、はく。
あきとくん(自分のこと)、たべる、ごはん。
チョムスキーによれば、脳に仕組まれた普遍文法(木構造)のしわざということになる。学習によって、状態句が進展して完全句になるのではない。普遍文法(木構造)として生得的に完全句の条件が備わっている。それぞれの端子に「くつ/はく/ごはん/たべる/ママ/すき」(主辞:主語部が空語のときは状態句)があてがわれるということである。日本人の場合は日本語があてがわれ、英語圏であれば英語があてがわれる。ヒトは普遍文法(木構造)を生得的に取得しているということだ。
三択の出現

さて、小学4年生にもなると、それまでは積極的だったのに、「どっちでもいい」と消極的というか、意思をはっきり示さないことがある。この事態を木構造で表してみた。
A,Bは、それぞれ二択であることを表している。二股の組み合わせで三択が成立している。幼児の場合は二択でしかなかったことが、年齢を重ねることで三択の様相を示す。
チョムスキーは、二股を重ねることを階層性(等位節と同じか?)という。階層性は幾重にも重ねられる。
(参考)二択と三択、階層化する選択肢
じゃんけんの三すくみ
じゃんけんの三すくみ(グーチョキパー)■▲◆は等位節で説明が可能だ。

「かこさとし蒐集:じゃんけんの掛け声」によると、完全句の掛け声もある。
じゃいけん じゃばすか ほっかいどうは さむい
これを木構造で表現すると……

3歳の幼児は、グーチョキパーのカタチを真似て手を差し出すが、勝ったか負けたかわからないことがしばしばだ。カタチが先行しイミ(意味)は後からついていくのである。
二択やじゃんけんなど、遊びに欠かせないそれらのしぐさは生得的である。
用語の整理
完全句……山田利行オリジナル。主語部と述語部が対になり、木構造が表されている状態。
状態句……山田利行オリジナル。主語部が空語で欠き、述語部の片方だけが表されている状態。
木構造……酒井邦嘉のオリジナルか?
普遍文法……チョムスキーの言語理論。
2024.7.30記す
