「青い目の人形(友情人形)」の物語

  • シャーリー・パレント作(Shirey Parenteau カリフォルニア州)
    • 河野万里子(こうの・まりこ)訳
    • ヤングアダルト向け
  • 青い目の人形物語Ⅰ 平和への願い アメリカ編
    • 原題 SHIP OF DOLLS 2014
    • 岩崎書店 2015年
  • 青い目の人形物語Ⅱ 希望の人形 日本編
    • 原題 DOLLS OF HOPE 2015
    • 岩崎書店 2016年

リレーされる友情人形

  • 『青い目の人形物語』Ⅰ:アメリカ編 | Ⅱ:日本編
    • 物語の舞台
      • Ⅰ:オレゴン州 ポートランド
      • Ⅱ:北関東 土浦女子学校
    • 人形の名前:エミリー・グレース
    • ヒロイン
      • Ⅰ:レキシー・ルイス 11歳
      • Ⅱ:田村千代 11歳

 1927年1月、「お別れパーティー」をして送り出された1万2739体の「青い目の人形」たちはサンフランシスコ港から船出しました。エミリー・グレースは土浦女子学校の学生、千代の腕に抱かれることになる。

エミリー・グレースをめぐって……

 シドニー・ギューリック博士の呼びかけに応じて、西海岸北部のまち・ポートランドでは、一体の人形エミリー・グレースをめぐって、人間ドラマがタペストリーのように折り重ねられていた。

 父を自動車事故で亡くし、ナイトクラブで歌手をしているママから離れ、レキシーはおばあさんの住むポートランドに引き取られていた。いたずら気性が残る6年生男の子ジャックは、窓から見える向かいにいて、あいだに立つ桜の枝をつたって機嫌を確かめ合う仲だった。

 ママは、サンフランシスコにいた。ママから手紙が届いたはずだが、おばあさんはなぜか渡してくれない。それをお願いするつもりだったのに、ジャックと思わぬ失敗をしてしまった。エミリー・グレースのことで。

 エミリー・グレースが日本に向かう「お別れパーティー」に招待されれば、ママに会えるかもしれない。人形を送り出す手紙のコンクールに優秀となれば選ばれるかもしれない。

私のお人形は 遠くへ旅だつ
新しい友をだきしめようと 両腕を大きく広げて
桜も満開で 待っていてくれるだろうか

 レキシーの作詩だが、しかし、ことは思ったように運ばなかった。

 レキシーには、大切な人形アニーがいた。エミリー・グレースにばかりかかわっていないで、アニーにも綺麗な服を着せたかった。──ポートランドからサンフランシスコまでも船旅だった。その船旅ではアニーと一緒だったが、咄嗟の判断で幼いミリセントに譲るはめになってしまう。エミリー・グレースが行方不明になったからだ。

大正が終わり、昭和が始まったばかりの日本で……

 17歳の姉がお見合いに行くというので、千代はこっそりお屋敷へついていった。荷車を牛に引かせて夜道を行った。雪で道はぬかるんでいた。千代は、空のかごに隠れて道を共にした。よく見つからなかったものだ。ということにはならず、けっきょく見つかってしまう。

 ところがどういうわけか、姉のお見合い相手=お金持ちの「山田さま」が「千代さんを受けいれてもらえるよう、話をしてみることにしましょう」と、叱られるどころか土浦の女子学校に行かされることになった。女子学校に、アメリカからの友情人形がやってくるというのだ。

 宮本絹子という海軍大将の娘から、礼儀や行儀をしっかり学びなさい、ということを言われた。これが、失敗の見返りだろうか。逆らうこともできず、学校に進むことになるが、無鉄砲な千代の気性はさまざまに押し寄せる学校生活の困難に屈することがなかった。波瀾万丈のドラマが待ち受けていた。

 友情人形は、アメリカと日本との友好がお役目だが、土浦女子学校では、彼女たちの友情物語をもたらした。1927年3月3日、東京で盛大な歓迎式典が挙行された。土浦から東京まで、すでに鉄道は開通していたが、運賃は決して安くなかった。女子学校から代表が選ばれることになるが、入学したばかりの、田舎の娘・千代が行けるようになるとは本人が思わなかったし、ふさわしいとも思わなかった。

 果たすかな、千代は、東京市長より「親善人形公式後見人」の彫りが刻まれたバッジを授かり、市長の手によってえりもとにつけられた。きらきら光る大きなバッジはさらなる大舞台を見守ることになる。

 訳者は、「訳者あとがき」の末尾で、歴史に翻弄されたエミリー・グレースと千代たち若者に向けて、力強いメッセージを残して終えています。

 正義と平和、ゆるすことと、ゆるしてはならないこと──この物語をきっかけに、読者のみなさんが、そういったことも考えるようになってくれたら、訳者としてとてもうれしく思います。

2019.2.25記す