|||||「豚」に目覚める思い |||

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 //毎日が新しいことの連続だったが、重要な決定はバビが下した。明け方はいつも、私たちは浜辺にいるか、バビが好きでよく出かける奥地に通じる小道を歩いていた。歩くペースを決めるのは彼女のほうで、私が遅れないようにと時々小声で励ますようにングッングッと鳴いた。豚に無頓着な人はその声を”ブーブー”と表現するだけで、それが豚にできる唯一の音声表現と思い込んでいる。//p287

 わたしも「無糖着な人」の一人で、おそらくブーブーとしか聞き分けられないであろう。

 インドネシアのスラウェシ島(旧の呼称はセレベス島)の海岸を、夜明けにデートしている動物行動学者ライアル・ワトソン博士と”魅力的な雌豚バビ”の仲の良いシーンだ。博士はおそらく30代(1939年生まれ)、サイクロンに遭遇し避難のついでに9か月間の逗留(とうりゅう)生活を送ることになった。

 //私の家には”住み込み”の豚までいた。//p284
 //バピは私の部屋の下に棲んでいた。砂に穴を掘って干した葉や草をそのまわりに置き、心地よいねぐらをつくっていた。//……//イスラム教徒の村に棲む唯一の豚ということで、バビは異質で疎外され嫌疑の対象となることに慣れっこになっていた。//p285

 一冊の本を読み終えて感慨に耽ることはときどきある。この本『思考する豚』もその一冊になったが、”もし読んでいなかったとしたら”後悔する羽目になっただろう。「物事を知らない」深い反省を禁じ得ない。
 精肉のすさまじい現場も描かれている。「豚のるつぼ」の節(p221~)は読むに堪えない人はいるだろう。ここで本書を閉じてしまったら、巻末の、瞠目させられる「豚の心」に出会わないことになる。
 心理学で使用される「心の理論」を、豚にあてはめることができる。

 //イェール霊長類生物学研究所で自然界の習性原理を研究するが、チンパンジーの研究業績が最も有名だ。だが、チンパンジーの研究に取りかかる20年も前、ヤーキーズはすでに豚で実験をしていた。//p323
 //「他人が自分と違う考え方をする」ということを初めて理解したときの七歳児の驚きのようなものだ。//p331

 この文字列を読んで、わたしの心臓はドキドキしてしまった。(豚が……)。非科学的思考が、豚の研究を閉ざさせている、と、本書の各所で述べられている。

 //ワトソンは生涯、激しい批判にさらされた人である。オカルティスト。疑似科学。ニューエイジ。あり得ないことを科学の装いを凝らしてほんとうのように書いた人物。
 それはそのままそのとおりである。しかし、あらためて彼の作品を丁寧に読んでみると──私が翻訳したのは、本書『思考する豚』とその前著にあたる『エレファントム』の二冊だけだが──ワトソンには、自然に対するある種の希求があることがわかる。//p356(訳者である福岡伸一の文章)

 こんどいつか豚に出会ったら、わたしは豚を見つめるだろう。子ども(乳幼児)を見つめる目と同じ思いで。『エレファントム』(木楽舎)を、わたしはすでに開いている。

※ライアン・ワトソン/著 福岡伸一/訳
『思考する豚』THE WHOLE HOG(木楽舎 2009年)

2023.6.1記す

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