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>「みち 道」は、だれのもの?

//今や子どもが自由に遊べるような空間は、1953年と比較して、まさにその99%を失ってしまったのである。//……//「子どもにやさしい道」が提供されれば、遊びが本来有している身体的、精神的、社会的発達の機会を満喫できるであろう。//p30,31 仙田満ほか『子どもが道草できるまちづくり』学芸出版社 2009年 担当執筆者:今井博之

いつから「おとな」で、遊びを考える。

 1953年からさらに過去、江戸期いやもっと前からかもしれない、子どもは遊んで育った。育つことで社会が成り立っていた。(子ども遊び名鑑

 社会は、社会の発展のために、つまり多くの人々のために、さまざまな社会整備を行う。子どもの教育や発達保障はそのなかに含まれていると考えられる。子どもはやがておとなになり社会の担い手になることは誰にも明らかであるからだ。
 上記で、//遊びが本来有している身体的、精神的、社会的発達の機会//について99%を失っているということは、差し引き1%である。整備や調和、均等、公平を思えば、なぜこんな超不均衡を引きおこしておいて事実上の放置はなぜなのか!
 子どもに、身体・こころ・社会規範や課題解決力を身につけさせることなく次世代に託せると思っているのか! 不思議でならない。

遊び空間の変化(横浜)

 仙田満ほか『子どもが道草できるまちづくり』学芸出版社 2009年 p28掲載の図を組み直して見やすくした。遊び空間「自然」を比べると、162,830÷2000≒81。
p28
//近所の遊び空間が急速に失われていった、森や川べりなどの自然のなかで遊べる空間は、その80分の1にまで激減したことが読み取れる。//

子ども期の(喪失/危機)とは?

安全・安心…の、ゆくえ

2023.11.21記す

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