||||| 模倣(まね)そして共感という能力 |||

Home > 砂をすくうように >「心の理論」

  • 参考文献
    • 開一夫♠『赤ちゃんの不思議』岩波新書 2011年
    • マルコ・イアコボーニ♣『ミラーニューロンの発見』ハヤカワノンフィクション文庫 2011年
      • 副題:「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学
      • 塩原通緒/訳
      • MIRRORING PEOPLE: The New Science of How We Connect with Others 2008年
      • 別途同じ内容で新書版あり
    • クリスチャン・キーザーズ♦『共感脳:ミラーニューロンの発見と人間本性理解の転換』麗澤大学出版会 2016年
      • The Empathic Brain: How the discovery of mirror neurons changes our understanding of human nature 2011年

//チンパンジーやゴリラなどヒトに近いとされている霊長類を対象にした研究から、模倣はヒトに固有な能力であるとも言われています。//♠p114

模倣(まね)について

  • //模倣にはいくつかのレベルが存在すると言われています。マイケル・トマセロによれば、//♠p115 次の3段階に分けられている
    1. ミミック mimic……モデル(模倣される方の人間)の行動の意図や目的とは無関係に、模倣する側が同じ動作を行う。新生児模倣が相当する。
    2. エミュレーション emulation……モデルの行動の意図や目的をまねる。それらを達成するための「動作」が同じかどうかは問わない。チンパンジーはエミュレーションまでは行う。
    3. イミテーション imitation……意図も目的も動作も、同じ模倣。//ヒトにしか存在しない能力であると議論されています。//♠p115

もうひとつの模倣

//日常的な会話は、どちらかがずっと「話し手」でもう一方がずっとそれを聞いている「聞き手」というような一方向的なものでなく、話し手と聞き手はダイナミックに交代します。//♠p116
話し手も聞き手も会話の内容だけでなく、互いの表情や手ぶりなどの動作をも見ている。
//模倣にはもう一つの機能、即ちノンバーバルなコミュニケーション手段としての機能が存在します。//♠p116

おとな同士に限らず、おとなと新生児のあいだで生じる”コミュニケーション”という模倣の陰ではノンバーバルコミュニケーションが成立している。//大人(母親や父親)は、模倣されていることを特に「意識」//♠p117 していないということだ。

//新生児模倣は、その名の通り、生後3ヵ月以降になると(新生児でなくなると)消失すると言われています。しかしこの時期の赤ちゃんは、「クーイング」と呼ばれる音声を発するようになります。大人は赤ちゃんのクーイングに反応して音声を返し、それに応じて赤ちゃんもクーイングを繰り返します。仮説の域を脱しませんが、こうした(原初的)音声コミュニケーションの出現が、新生児模倣の消失を促しているのかもしれません。//♠p118

模倣から共感へ

//ライブのお母さんとそうでないお母さんを見分けられるという2ヵ月ごろの赤ちゃんは、他者の喜怒哀楽にともなう表情を区別できるのでしょうか。//♠p119
(参考)坂道を転がって……
//これまでのところ、7ヵ月以前の赤ちゃんは、新たな表情に脱馴化しない研究が多数を占めています。
 ただし、新生児であっても喜怒哀楽の表情に呼応した行動を示すことが知られています。//♠p119
※ということは──表情を読みとれないということは確かなようだ。にもかかわらず、「表情に呼応した行動を示す」とは、どういうことか?

//1982年に新生児を対象に行われた実験では、「舌だし」や「口開け」ではなく、笑顔や悲しい顔といった「表情」を呈示して、赤ちゃんが「同じ」表情を示すかどうかが調べられました。実験の結果は、メルゾフらの結果と同じく、モデルが示した表情と同じ表情を示しました。新生児でも「表情の模倣」ができるのです。//♠p120
※「表情に呼応した行動を示す」=模倣が見られるという。これを解明するために、以下「共感」が導かれることになる。

//共感は、模倣と同様に他者の存在が前提となっています。この点では、模倣と共感は似ています。しかし、(高次の)模倣は、真似しようと思えば真似できるのに対して、共感の場合は、共感しようとしてもできない場合もあります。共感の本質的な部分は、自動的かつ潜在的な認知機能であり、目を開けると「見えてしまう」のと同様に対峙している人の感情状態を「感じてしまう」ことなのだと私は思います。つまり、不可避的であり自分自身の意志でコントロールできないものです。私は、この共感こそが、社会を構成する上で最も基本的であり、コミュニケーションにおける最も重要な機能の一つであると考えます。//♠p121

//私たち大人は自分自身のとるべき行動を決めあぐねているときに、周りにいる他者の表情を見て、それに応じて行動を決定することがあります。こうしたことは、「社会的参照」と呼ばれ、人間の赤ちゃんでは1歳前後で他者(大人)の表情に基づいて、新奇な場面での行動を決定できるようになります。//♠p123
→参照《「段差で育つ」

ミラーニューロンの発見 ──1996年

  • //ミラーニューロンとは、1996年に発見された神経細胞の一種である。発見者はイタリアの神経生理学者ジャコモ・リゾラッティらである。基本的な機能は、自分が運動する時にも、他者の同様の運動を目で見たときにも活動するというものだ。//♣p338
  • //残念ながら、西洋文化は個人主義的、唯我論的な考え方に支配されていて、その枠組みのもとでは自己と他者との完全な分離が当たり前のようにできると思われている。私たちはその考え方にどっぷり浸かっているため、自己と他者とが相互依存にあると言われても、直観的に違うと思うばかりか、聞き入れることさえ難しい。この支配的な見方に対して、ミラーニューロンは自己と他者とを再びつなぎあわせる。その活動は、人間の原初的な間主観性を思い起こさせる。それはすなわち、赤ん坊と母親、赤ん坊と父親の相互作用に著され、その相互作用の中で発達する、赤ん坊の初期の相互作用能力だ。ミラーニューロンはこの最初の間主観性的な時期に形成され、この間主観性によって育まれるのだろうか? 私はそうだと思う。一部のミラーニューロンが生後ごく初期から機能して、最初期の相互作用を助けている可能性は高いだろうが、人間のミラーニューロンシステムの大半は、その相互作用の時期に形成されるものだと考えている。赤ん坊の脳内でのミラーニューロンの形成は、とりわけ相互模倣のあいだになされているのではないかと思われる。これは笑いを例にして述べたとおりだ。ミラーニューロンが本当に母子間や父子間の協調活動によって形成されているのなら、それらの細胞は単に自己と他者の両方を具現化しているだけでなく、赤ん坊が独立した「私」の意識というよりも、むしろ未分化の「私たち」(母親と赤ん坊、父親と赤ん坊)の意識をもっているときに、その具現化を始めていることになる。だからこの時期の赤ん坊は鏡像認識課題に合格できないのだ。しかし、この最初の「私たち」の意識から、赤ん坊はゆっくりとではあるが着実に他者を知覚するようになる。その知覚のしかたは自然で、直接的で、明白で、複雑な推論をいっさい必要としない。そしてやがては正しい自他の意識が築かれていく。このときに、それを助けるのが特殊なタイプのミラーニューロンであり、私はそれをスーパーミラーニューロンと称しているが、この細胞については第7章で見ることにしよう。ともあれミラーニューロンの活動は、その後の一生を通じて、この自己と他者とが同居する「私たち」の意識を決定的に表すものでありつづける。//♣p192

//すると、次なる疑問がわき起こります。心の理論は、発達課題において、いつからその機能をもつのでしょうか。これまでの研究では、4歳ごろにならないと、他者が自分とは異なった信念をもつことを理解できないとされています。ミラーニューロン(・システム)が心の理論に必要かつ十分な脳機能であるとすると、4歳ごろになるまでにはミラーニューロンは活動しないことになります。ミラーニューロンが、心の理論形成のために十分な脳機能ではなくても、必要な脳機能であるとすると、もう少し早く赤ちゃん時代に活動していてもよさそうです。残念ながら、心の理論と赤ちゃんや小さな子どものミラーニューロンとの関係を直接的に調べた研究はほとんどありません。1歳前後から幼児に至るまで、人間の赤ちゃんはしすぎるぐらい模倣します。模倣や共感と心の理論とを関連づけて考察する上でも、ミラーニューロンの発達的研究は鍵となりそうです。//♠p130

マシュー・リーバーマン『21世紀の脳科学』p134
//知覚と思考と行動がそれぞれ脳の異なる領域と関係があると考えられていた当時、これは驚くべき発見だった。まったく同じ神経細胞が知覚と行動の両方に関係していたからだ。
 この発見はたちまち、心理学の難しい問題を何でも解決する”流行(はやり)の仮説”としてもてはやされた。高名な神経科学者V.S.ラマチャンドランも、ミラーニューロンは多くの謎を解明するカギだと考えた。彼はこう書いている。「(ミラーニューロンほど)この10年で重要な……物語はない」「ミラーニューロンが心理学に及ぼす影響は、DNAが生物学に及ぼした影響に匹敵する」。
 実際、この発見を機に、心理学のいろいろな現象がミラーニューロンによって説明できると見なされた。言語能力や文化、真似、他者の心を読む能力、そして共感もそのひとつだと言うのである。もしそれが本当なら、なんともスゴい話ではないか。人間性にまつわるたくさんの謎や奇跡が、神経細胞ひとつでなんでも説明できてしまうのだから!
 このようにミラーニューロンを”万能薬扱い”する勢力がある一方、その主張に声高に異を唱える勢力もある。私自身はどちらかと言えば後者に属するが、いつか研究が進んでミラーニューロンに対する正しい理解が得られる日を待ち望んでいる。現在、この神経細胞はふたつの役割──「他者を真似る能力」と「他者の心を読む能力」──を担っていると考えられている。//

〈ミラーニューロン系〉と区別して
《ミラー系》

マシュー・リーバーマン『21世紀の脳科学』p136
//1999年、神経科学者のマルコ・イアコボーニが論文を発表し、人間の脳にも”ミラー系”が存在すると初めての証拠を明らかにした。//
p136
//イアコボーニは観察真似に着目して、被験者にただ相手の指の動きを見ている〔①〕か、その指の動きを真似してもらう〔②〕かした。すると、その両方〔①②〕で活性化する脳の領域が確認されたのだ。しかもそれは、マカクザルの脳で活性化した部位とほぼ同じ領域だったのである。//
p136
//この発見から、人間の外側前頭皮質と頭頂皮質は、マカクザルのミラーニューロンと同様の特徴を持っていると考えられる。//
p137
//だが、fMRIでは個々の神経細胞の活動までは直接とらえられない。だからこの種の実験では、人間の脳にミラーニューロンそのものを発見したとは主張できない。そのため人間の場合に、前頭葉の運動前野や頭頂間溝(かんこう)前方部、下頭頂小葉(かとうちょうしょうよう)は、ミラーニューロン系ではなく、あくまでも”ミラー系”と呼ばれる。//
p137
//ミラー系とワーキングメモリ系はともに外側前頭皮質と頭頂葉皮質にあるが、このふたつのネットワークは、同じ領域のまったく別の部位に存在する(運動前野は運動のコントロールと深い関係を持つ領域。頭頂間溝は頭頂葉にある脳の表面の溝、いわゆる脳のしわに当たる。また、下頭頂小葉は頭頂間溝の下部に位置する)。//
p169
//心の理論を持たないサルにもミラー系があるという事実を踏まえれば、ミラー系はメンタライジング系よりもずっと原始的である。しかも、このネットワークは生後1週間の赤ん坊の脳でも機能している。//
p151
//相手が「何を」しているかを理解するミラー系の働きは、メンタライジング系が「なぜ」を理解するための第一歩なのだ。ミラー系の働きは本質的に、メンタライジング系が論理的に働いて「なぜ」の問いに答えるための前提を提供することだ。このミラー系のおかげで、私たちは”運動”ではなく、”行為”の世界に生きている。つまり私たちは、意味の世界に生きているのだ。
 ミラー系があるからこそ、私たちは世界を社会的なものとして体験し、他者の行為に心理的な意味を読み取れる。運動の世界を行為という心理的な要素にまとめ直し、メンタライジング系が作業しやすいようにお膳立てをする──それこそがミラー系の重要な働きなのだ。//

マシュー・リーバーマン『21世紀の脳科学』p168
//心の理論を獲得できるかどうかは、幼少期の体験によるところが大きい。メンタライジング能力を育てるのは、周囲の人間が他者の心を読む能力を用いて世界とやりとりする様子を、見たり聞いたりする体験である。生まれつき耳の不自由な子どもは、自閉症の子どもと同じように心の理論課題をうまくこなせない。人が話しているやりとりが聞こえないために、彼らは社会的スキルを学びにくい環境にあり、相手の心の状態を読み取る大切な練習機会を逃してしまうのだ。自閉症の場合もそれと同じではないだろうか? 自閉症の人が抱える社会的な問題は、心の理論を理解できる年齢、つまりサリー&アン課題に正解する5歳前後になる前に現れる。//

ふたたび「共感/模倣(まね)」考

  • //ほとんどの子どもは、7歳までに他者の感情を言い当てる能力を十分に発達させています//♦p10
  • //私たちの脳は、まるでミラーリングをするためにできあがっているかのようであり、私たちはミラーリングを──他人の心が感じた経験を自分の脳内でシミュレートすることを──通じてしか、他人の感じていることを深く理解できないような気さえする。//♣p158
  • //他人の感情の状態を理解して共感する上で、ミラーリングがそれほど強力なメカニズムであるなら、親と子のあいだではよほど多くのミラーリングがなされているだろうと思うのが当然だ。//♣p159
  • //新生児は生まれた直後から本能的に動きを模倣している。生後10週の赤ん坊は、母親の示す幸せな表情や怒った表情の基本的な特徴を自然と模倣する。生後9ヵ月の幼児は、喜びと悲しみの表情をそっくりそのまま再現する。そしてもちろん、母親のほうも自分の赤ん坊の表情を模倣する。//♣p159
    • ※哺乳類で「うぶごえ」をあげるのはヒトだけのようで、「うぶごえ」は母親の感情チャンメルをスイッチオンするのだろう。
  • //脳機能イメージングの研究から、運動野を含む脳のいくつかの場所にこうした部位が存在していることが明らかになっています。しかし、赤ちゃんにおいてもミラーニューロン・システムが存在するのかどうかについては実験的研究がありませんでした。//♠p156 //さて、赤ちゃんのミラーニューロン・システムはどうだったのでしょうか。大人とは違い、赤ちゃんでは、テレビでもミラーニューロン・システムが活動する傾向にありました。//♠p157 //ところが、赤ちゃんの実験では、現実だけでなくテレビ映像だけに反応する場面がありました。//♠p157 //この結果は予想外であり、今後さらに研究を深めていく必要があります。//♠p157
    ※詳細は♠p151~158を読むこと要

OECD教育研究革新センター/編著
脳からみた学習 ──新しい学習科学の誕生
+ 小泉秀明/監修 明石書店 2010年
+ 以下は、p263

//子どもは、見たこと聞いたことをすぐに取り入れたりまねたりする。そこで親や教師は、悪い役割モデルへの接触も含めて安全と危険に注意を払うことになる。メディアに見られる過激な暴力に懸念を示す親も多く、政府も、露骨な性描写のあるサイトへの子どものアクセスを防ぐ取り組みをしている。もちろん学校教育では、子どもに知識のみならず肯定的な役割モデルを提供することが意図されている。役割モデルは、なぜこれほど重要なのだろう。
 人間は、他をまねる才に特別恵まれている。誰かが悲しむのを見ると、自分も悲しくなり、時には泣くことさえある。他の人の笑い声を聞くと、自分もほほ笑んだり声を出して笑ったりする。バスの中で隣り合っただけの、見知らぬ人が笑っているのであってもそうだ……。笑い声の中には特に「どうしてもつられてしまう」ものもある。こうした行動すべての前兆は誕生時にすでに存在する。新生児に舌を突き出して見せると、相手もまったく同じ動作をすることだろう!
 模倣行動の基礎をなすニューロンの仕組みを正確に知るという課題は、長く達成されず、つい最近までこれは謎であった。1996年、イタリアの脳神経学者が驚くべき発見をし、模倣行動を支える仕組みを解明する糸口がようやくできた。イタリアのパルマ大学のジャコモ・リゾラッティ(Giacomo Rizzolatti)と共同研究者が、サルの脳に「ミラーニューロン」が存在することを立証したのである。リゾラッティがまず確認したのは、サルが手で特定の作業を行う──たとえば、ピーナッツをつまんで口に入れるなど──ときに発火する特殊なニューロンの存在である。ところが、興味深いことにこのニューロンは、他のサルがまったく同じことをするのを見ても発火するのである。その特異性は非常に高く、たとえば、実験者が同じ手の動きをしてもピーナッツをつままない場合には、上記のミラーニューロンは発火しない。
 ミラーニューロンが発見されたことで、この分野の研究に拍車がかかった。ミラーニューロンが発見されたサルの脳領域は、人間の脳の言語処理中枢のひとつ、ブローカ野に相当する。最近では、脳神経学者の間で次のような仮説に基づいて研究が進められている。その仮説とは、我々が他の人の行動(おそらく感情も)を理解できるのは、その行動(および、特定の感情を抱いていること)を見ると、我々のミラーニューロンが発火して、自分も実際に同じ行動をとって(または、同じ感情を抱いて)いるかのように感じさせるからではないかというものである。一部の人格障害の背景に、ミラーニューロンの機能不全があるという可能性も考えられ、これは最新の研究の中でも非常に興味深い分野である。//

2022.12.13記す

© 2024 ||||| YAMADA,Toshiyuki |||, All rights reserved.