||||| 福岡伸一 × 養老孟司 |||

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 福岡伸一『動的平衡』と、養老孟司『唯脳論』のどちらも、このほど再読した。そのつもりはなかったが、生命や脳に関する視点というかテーマの掘り下げ方に多くの共通点があることに気づいた。両者とも博識で、だから刺激を受ける。
 論理展開の仕方に大きな違いがあることを発見した。福岡伸一は丁寧で巧み、わかりやすい。だが、養老孟司は読者が類推することを期待して省略や飛躍が多く、わかりにくい箇所が多々。その比較は、ページ「福岡伸一×養老孟司」で記した。福岡は引き続き選んで読もうと計画している。でも、養老は、十分勉強させてもらったので(もういいわ)という気分。

 我が身、からだは”高速”で新陳代謝を繰り返している。食べたものは、身につけば新しい細胞となる。昨日の自分は今日の自分でないと養老も記している。爪、皮膚、毛髪に留まらず、五臓六腑、骨、脳も例外でなく、すべての細胞が更新される。生きているということは留まっていなくて「流れている」ということでもある。
 『動的平衡』p229 //日本が太平洋戦争にまさに突入せんとしていた頃、ユダヤ人科学者シェーンハイマーはナチス・ドイツから逃れて米国に亡命した。//……//私たちの生命を構成している分子は、プラモデルのような静的なパーツではなく、例外なく絶え間のない分解と再構成のダイナミズムの中にあるという画期的な大発見がこの時なされたのだった。//
 これが「動的平衡」の正体である。同p231//私たちの身体は分子的な実体としては、数ヵ月前の自分とはまったく別物になっている。//
 別物になっていながら、記憶は保持される。筋肉は鍛え続けられる。その謎をふたりは説く。

 動的平衡 ── 生理的に納得しても、さて、これがわたしたちの日常にどう影響するのだろうか。そして、どんな効果があるのだろうか。動的平衡の更新が追いつかなくなるとき「死」を迎えるという。なるほど……。
 からだにメスを入れるような手術をすると、もとに戻るには1年かかると生理学者に説明を受けたことがある。言ってみれば、からだに不調を感じても、なにがしかの努力をすればもとに戻るということ。すぐには無理だが、待てばよいということだ。
 哲学的であり、精神面で考えさせるものがある。「いのち」の不思議を感じる。

 2023.5.1記す

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