||||| 開一夫『赤ちゃんの不思議』読書メモ |||

Home > 砂をすくうように > 「脳」を学ぶ(脳楽部)

開一夫(ひらき・かずお)『赤ちゃんの不思議』
+ 岩波新書 2011年
+ 著者紹介:本書奥付より
+ 1963年 富山県生まれ
+ 慶應義塾大学大学院博士課程修了.博士(工学)
+ 現在:東京大学大学院総合文化研究科広域システム科学系教授
+ 専攻:赤ちゃん学.発達認知神経科学.機械学習
+ 東京大学 開一夫研究室ホームページ

pⅱ
//最近の赤ちゃん研究には多数の新発見があります。30年前に考えられていた赤ちゃん像とは大きく異なっているのです。//
※2011-30=1981年

pⅳ
//脳科学は急速に発達しつつありますが、脳と心の発達が「どう関係しているのか」についてはまだまだ研究が始まったばかりです。//

p5
//赤ちゃん学は、ここ2,30年の間で目覚ましい発展を遂げてきました。それまで、まったく無力と考えられてきた赤ちゃん像をくつがえすような発見がいくつもあります。50年前までは、高名な小児科医でも「新生児は目が見えていない」と考えていたようです。それが、現在では、生後間もない新生児でも、さまざまな能力をもっていることが明らかにされています。//

p6
//発達心理学の世界では神様的な存在である、ジャン・ピアジェ(1896~1980)は、自分自身の3人の子どもが赤ちゃんのころから「実験」を行い、それに基づいて膨大な数の著作物を出版し、発達心理学の理論的基礎を築きました。また、進化論で有名なチャールズ・ダーウィン(1809~1882)も、1877年に自分の長男(ウィリアム・ダーウィン)の「育児日記」に基づいた論文を『マインド(Mind)』という科学ジャーナルで発表しています。
 こうした先駆的研究は、現時点でも大きな影響を与えていますが、論拠になっている事実が自分たち自身の子どもであることから、科学において重視されるべき「再現性」(同じ現象が、同じ条件のもとで繰り返し生起すること)の点で問題がないわけではありません。赤ちゃんについて科学的に研究するには、一定以上の数の被験児を対象とし、統計的に意味のある事実に基づいた議論が必要とされます(私自身もそうですが、自分の子どもはなかなか科学的・客観的視点でみることができないものです)。//

p7
//赤ちゃん学の黎明期において最も有名な研究の一つは、新生児の「模倣」に関する研究でしょう。1977年にアンドリュー・メルゾフとキース・ムーアという研究者は、新生児であっても口や手の動きを「模倣」するという衝撃的な論文を発表しました。この研究では、生まれて数日の新生児に「口の開け閉め」「唇の突き出し」「舌の突き出し」「手の開閉」という四種類の動作を呈示し、その後新生児が同じ動作を生起させるかどうかについて調べられました。//
p8
//メルゾフは、この論文を発表してからさらに小さな(若い)新生児にも実験を行い、生後1時間にも満たない新生児も「顔まね」をしたと報告しています。「こう動かすと」、視覚的に「こうなる」ことを鏡によって理解していなくても、顔まねできるのは本当に不思議なことです。//

p9
//新生児の認知能力に関しては、新生児模倣だけでなく沢山の興味深い研究が存在します。たとえば、新生児が母親の声と別の女性の声を区別しているという研究もあります。//

三上章充『脳の教科書』講談社 2022年 p269
//アメリカのノース・カロライナ大学のデキャスパーという心理学者は、生まれる前に学習がおこなわれていることを確認するために、二つの乳首のいっぽうを吸うと母親の声、他方の乳首を吸うと母親以外の女性の声が聞こえるような装置を用意して、生まれたばかりの赤ん坊がどちらの声を好むかをテストしました。その結果、生まれたばかりの赤ん坊は、母親の声の出る乳首を好んで吸いました。これは、生まれる前に胎内で母親の声を聞いていたために、胎内にいる間に、母親の声を好んで選択するような神経回路が脳の中に形成されていることを示唆する結果でした。//

p38
//このテストの結果は、10ヵ月児では、期待に背反する事象(「意地悪なやつ」に接近する事象)への注視時間が、期待通りの事象(「親切なやつ」に接近する事象)への注視時間よりも有意に長くなりました。しかし、6ヵ月児ではそれぞれの注視時間には差がありませんでした。
 この実験の結果は、生後6ヵ月から利他的行動を示す対象を赤ちゃん自身が好むということ、しかし、他者(ここでは坂を登っている対象)の「気持ち」をくむのは10ヵ月ごろからだと解釈できます。//

p39 赤ちゃんの「社会的ステイタス」認知(1/2)
 10ヵ月の赤ちゃんに、ぬいぐるみを2体見せ、片方はバナナを3本、もう片方にはバナナを1本、ぬいぐるみの前に置いた。赤ちゃんは、さて、どちらを好むか?という実験を米国の研究グループがしたという。ぬいぐるみに着せた洋服の色を違えている。//洋服の色とバナナの本数の組み合わせにかんしてはカウンターバランスがとられていました。//
 「カウンターバランス」という用語が今一つよく理解できない。洋服の色に惑わされないよう色と本数との組み合わせにバランスをとったということか? つまり、バナナの多い方/少ない方に意味のある結果が得られるかどうか? //実験の結果は、(それほど裕福ではない私にとっては)ショッキングなものでした。なんと、ほとんどの赤ちゃんが、前においてあるバナナの数が多い方のぬいぐるみを選択したのです。//とある。

p40 赤ちゃんの「社会的ステイタス」認知(2/2)
 「社会的ステイタス」について、全項のほかに2つの実験を紹介している。
 その①、//「道具」を上手に使えるぬいぐるみとそうでないぬいぐるみ// //多くの赤ちゃんが上手に道具を使うぬいぐるみを選択しました。//という。
 その②、──//「見た目」を選好//──するか? ──//英国の研究者らは、選好注視法を使って「魅力的な顔」とそうでない顔写真を新生児に見せ、魅力的な顔の方を長く注視する傾向を発見しました。//──とある。「なるほど……」と思う余裕は私になく理解しがたい。──//新生児は、男性の顔よりも女性の顔を選好することも知られています。//──については、そうだろうなあとつい思ってしまう。

p40 小見出し「超早期英語教育は有効なのか」
//両親が日本人で、かつ、日本で生まれた赤ちゃんでも英語のLとRを区別することができることが知られています。しかし、生後5、6ヵ月ぐらいになるとLとRの区別はできなくなってしまいます。まさにこの時期までに、赤ちゃん(の脳)は「私の育つ(言語)環境ではLとRを区別する必要がない」と判断するのかもしれません。//
※小見出し命題を否定している。

//私たちは生まれる前からどんな言語環境で育つかをあらかじめ決めておくことができません。日本で生まれても、ひょっとすると母親はアメリカ人かもしれませんし、両親の都合から外国で暮らすことになるかもしれません。どんな言語環境で育つのか分からない状況に適応するためには、基本的能力に関してはあらかじめ「無駄なもの」(LとRの弁別)を用意しておき、必要でなければ捨ててしまうという方略が有効なわけです。//p145(「過剰生成と刈り込み」)

p44
//母親の羊水には、「甘い」「酸っぱい」「苦い」「しょっぱい」すべてに対応する成分が含まれていると言われています。赤ちゃんはお腹にいる間から、こうした味を感じているのかもしれません。//

p45
//ヒトを含むすべての動物が生きていくためには、食べ物を摂取する必要があります。哺乳類の場合は、生まれてしばらく母乳(や人工乳)が与えられますが、大人になると自分自身で食べ物(餌)を獲得しなければなりません。食べられるものかそうでないものかの弁別・認知は生存していく上でもっとも基本的な能力であり、多くの動物で生得的に備わっている認知能力であると考えられます。
 しかし、話はそう単純ではありません。//

p46
//人間の赤ちゃんには味覚に対する好みがあります。生まれてすぐの赤ちゃんは、「甘い」味を好むと言われています。「苦み」は有害な物質と関係がありそうで赤ちゃんは嫌うのではと想像できますが、意外なことに、最近の研究では生後しばらく(4ヵ月頃まで)は、(薄い)苦みであっても回避しないことが分かっています。その後、しばらくすると、赤ちゃんは新奇な食物を回避するようになると言われています。一般的にはちょうど離乳食が与えられる頃なので、「なぜ、うちの子は離乳食を食べないのだろう」と心配する母親もいるかもしれません。しかし、繰り返し辛抱強く与えることによって、最初は嫌がっていた食べ物でも問題なく食べるようになります。まさに「経験する(経験させられる)」ことによって食べられるものとそうでないものを区別できるようになることを示す例です。//

p47
//ネズミで発見されたガルシア効果は、「自分自身」で食べられないもの(食べると良くないもの)を学習するための仕組みがあることを明らかにするものですが、食べると良くないものをいちいち食べてから学習していては、効率はさほど良いとは言えません。チャレンジ精神で食べられるかどうか分からないものを食べて病気になったり、命を落としてしまったりする可能性があるからです。//

p48
//人間の場合は、基本的に親が食べているものを自然に食べるようになります。生後3ヵ月頃の赤ちゃんは、周りの大人が食べているものに注目するようになります。//

p48
//子どもが、どんな食べ物を好きになるのかは、どんな食文化(食環境)で育つのかということを抜きにしては考えられません。//

p49
//ちなみに、チンパンジーでも「いないいないばあ」とよく似た行動が観察されています。「天才チンパンジー」の異名をもつ京都大学霊長類研究所のアイの息子(アユム)に対して、そばにいた大人の(おばさん)チンパンジーが、アユムの頭を軽くなでてアユムの注意を引き、顔をぐっと近づけて、二、三秒したら横を向き、また顔を近づけて……ということを何度か繰り返す行動がみられました。ひょっとすると、ヒトは太古の時代から「いないいないばあ」とやって赤ちゃんをあやしていたのかもしれません。//
──この「いないいないばあ」については、//コミュニケーションの基本的ルールを備えた遊び//としている。//「いないいないばあ」には、コミュニケーションの①開始、②本題、③終了にかかわる基本的なルールが包含されています。さらに重要な点は、これらの順序とタイミングが合わないとコミュニケーションが成立しない、つまり、「いないいないばあ」で遊ぶことができない点です。//と記され、これらのことはチンパンジー間でコミュニケーションが成立していると思わせるものがある。

p57 「左抱き」と「右抱き」
//リー・ソークという米国の有名な研究者が興味深い研究論文を発表しました。それによると、全体の80%以上の人が赤ちゃんの頭を左側にして(左腕で赤ちゃんを抱えるように)抱っこするとのことです。これは、性別・年齢・文化・人種を問わず普遍的に見られる傾向のようです。驚いたことに、就学前の小さな子どもにもこの傾向は見られ、さらに、ヒトだけでなくチンパンジーやゴリラといった霊長類にもこの傾向があるようです。//
※私は左抱き。

p58 「利き手」説をおよそ退けたところで……
//そこでソークは、次のような仮説を思いつきました。「赤ちゃんを左抱きにすると、母親(父親)の心臓の音が聞きやすくなる。赤ちゃんは心音を聞いて安心するから、左抱きが多いのではないか」。「ハートビート(heartbeat)仮説」というものです。//

p58
//この仮説は後続する研究者らよってことごとく論破されています。多くの人がソークの仮説を確かめようとさまざまな実験を試みましたが結果はどれも仮説を支持しませんでした。たとえば、心臓が左側でなく右側にある右胸心の人を使ってどちらに抱っこするかを調べた研究者がいます(右胸心は5000人に1人いると言われています)。すると、心臓が右側にある人も「左抱き」が多いことが判明しました。//
右胸心(公益財団法人 日本心臓財団)

p59 「感情脳優位仮説」
//最近、有力視されている説明は「感情脳優位仮説」です。私たちの脳は右側(右脳)と左側(左脳)に大きく分けられ、脳梁(のうりょう)と呼ばれる部分でつながっています。左右の脳はほぼ同じ形をしていますが、大まかに役割が分担されています。たとえば、左手を動かすときには右脳が、右手を動かすときには左脳が強く活動します。また、私たちの左視野(両眼の左側)から入った情報は主に右脳で処理されます。さらに、右脳は左脳に比べて感情・感性にかかわる処理を得意とすると言われています。従って、赤ちゃんの顔が左側にある方が、感性を発揮して赤ちゃんと接することができるというロジックです。しかし、この仮説に関しても賛否両論いろいろあります。//

p66 育児ロボット
//数年前、私は、あるシンポジウムで発達心理学の大御所の先生(ここではA先生ということにしておきましょう)とパネル討論に同席しました。A先生は、「最近は、ペットロボットや人型ロボットなどいろいろなロボットが開発されているが、そのうち子育てまでロボットに任せてしまう親が出てきてしまうんじゃないか」と憂えていらっしゃいました。
p67
//私はこう答えました。「残念ながら、今のロボット技術はまったくそんなレベルに達していません。あと50年、いや100年たってもそんな心配は杞憂のままかもしれません」。私はパネル討論を盛り上げようとして、わざとこんなことを言ったのではありません。育児ロボットの実現には乗り越えなければ大きな壁がいくつもふるからです。//
p68
//育児ロボットの実現が困難であるもっとも大きな理由は、ロボットに「心」をもたせることが困難だからです。//

p70 小見出し「テレビ視聴は健全な発達を阻害するのか」
//「テレビやビデオ・DVDの視聴が発達に関係するか」と問われれば、私は確実にイエスと答えます。問題は、発達に良い影響を与えるのか、悪い影響を与えるのかという点でしょう。//
p72
//つまり、テレビは子どもの発達に良いとか悪いとか、十把一絡げ的なことで結論は出せないということです。//

p75 坂道を転がって……

p79
//健康な赤ちゃんなら、1歳の誕生日をむかえる前後から必ず母親・父親の話している母語を「自然に」話し出します。//
※思い切った表現をするなあ……。

p81
//なぜ、実際の人間では音声の学習が生じ、DVDではダメだったのでしょうか。赤ちゃんは単に受動的に音声を聞いているだけではなく、能動的なコミュニケーション場面において上手に学習できるのかもしれません。
 最近の研究では、DVDを一方的に流すのではなく、赤ちゃんが「見たい(聴きたい)ときに」DVDを視聴させると、相手が人間の時と同じように音声学習がうまくいくという報告もあります。この研究ではDVDを赤ちゃんに見せるのにタッチパネル方式のモニターが用いられました。この研究のミソは、DVDで映像をずっと流しっぱなしにするのではなく、しばらくたつと画面が消えるようにした点です。赤ちゃんがタッチパネルを触るとまた消えたところから映像が流れます。こうすることによって、赤ちゃんが見たいときに映像を流すことができたわけです。//

p91
//赤ちゃんが人工的な「モノ」や「映像」をどう捉え、「心」をもつ人間とどう区別しているか// ──//認知科学の研究者の間では、ちょっとした論争が巻き起こっています。//── 論争は2つの立場があり、//目的や意図など心的機能を付与する対象の条件として//
①//「見た目」を重視する立場//と②//「動き方」を重視するもの//としている。「見た目」は//人間に特徴的な「外見」を有//することである一方、「動き方」は外見にとらわれないとしている。「見た目」を経験説、「動き方」を生得説としている。筆者は、//今のところある程度の生得的能力に基づき、生まれた後の経験によって対象に「心」があるかどうかの判断が変化していくというのがもっともらしい仮説であると言えます。//の立場をとっている。
掃除ロボットを追う乳児(10か月)の場合、「動き方」の生得説に該当するように思う。
 遡ってp87-91では//少なくとも9ヵ月児は、アニメーションの抽象的図形が「目的」をもって動いていると思って(感じて)いることが示唆されたわけです。//と結論している。

p97 自身と「自身でない」知覚

p111 鏡のなかの「わたし」

p114 模倣(まね)そして共感という能力

p122 小見出し「社会的参照──空気を読む赤ちゃん」
「段差で育つ」

p142
//不思議なことに、一つ一つの皺(しわ)はめちゃくちゃにできている訳ではなく、健常な人の脳では皺の数や場所が共通しています。それぞれの皺のへこみ部分(溝:こう)と出っ張りの部分(回:かい)には、解剖学的な名前がつけられるほど一定しています。皺の数や脳全体における場所は赤ちゃんの脳においても成人の脳においてもだいたい同じです。タンスに洋服をしまうだけなら、必ずしもタンスごとに同じたたみ方をする必要はないはずですが、胎児期における綿密な発達プログラムはすべてのヒトで共通する折りたたみ方を可能としているのです。//

p142 ◎1/2
//脳を構成する基本単位である神経細胞(ニューロン)の数は、誕生の時点で1000億個を超える数になると言われています。受胎してから誕生までおよそ270日間ありますから、単純に計算してもたった1分間に25万個以上もの神経細胞が生成されていることになります。新生児の神経細胞の数は、成人と比べると1.3~1.5倍程度多いと言われています。つまり、神経細胞数は、成長するに従って減少していきます。このことは必ずしも、大人になってから「新しい」神経細胞が生成されないことを意味しているわけではありません。最近の研究では脳の特定の場所(海馬など)では、成人になっても新たな神経細胞が生成されていることが明らかになっています。//

p143 ◎2/2
//脳機能を支えている上で最も重要であると考えられているのが、神経細胞間を繋ぐネットワークの形成です。神経細胞には長く伸びた軸索という部分があり、これが別の神経細胞の樹状突起と呼ばれる部分と接合して「シナプス」を形成します。一つの神経細胞にはおよそ数千個以上のシナプスが形成されていると言われています。脳に1000億の神経細胞があるとすると、単純に計算すると約100兆という膨大な数のシナプスが脳の中に存在することになります。//

p147
//少なくとも白質・灰白質のレベルでは赤ちゃん脳と成人脳では驚くほど違いがあります。//

p148
//平均的に女性は男性よりも直回の脳全体に占める相対的体積が大きく、かつ、社会的スキルのテストの成績が良い人は、男女問わず直回の体積が大きい傾向にありました。この結果を単純に解釈するならば、直回が社会的スキルと対応していると言えそうです。//
※直回……SG:Straight Gyrus 前頭葉にある部分
※社会的スキル……//対面コミュニケーションや社会的認知能力//p148
p149
//たいていの女の子は小さな頃からおしゃべりが上手であったり、おままごとのような「社会的」遊びをよく行ったりします。// //新生児であっても女児と男児に差異が認められると報告しています。//
p150
//しかし、MRIを用いて計測した直回の体積のデータは解釈しがたいものになってしまいました。女の子の直回の脳全体に占める相対的大きさは、男の子のそれよりも「小さく」、かつ、男女問わず社会的スキルの成績と直回の大きさは「逆に」相関したのです。
 この結果は、脳における「部品」の大きさが「機能」の高さに単純に関係しているのではないことを物語っています。この研究は、体積(部品の大きさ)を調べたもので、活動の仕方や活発さを調べたものではありません。脳と心がどのように変化していくのかを知るためには、小さな子どもや赤ちゃんの覚醒下での脳活動を研究する必要があります。//

p149 性分化
//母親のお腹の中にいる間に、男の子は、テストステロンという性ホルモンを女の子と比較して大量に浴びます(性分化の発達プロセスでは、基本形が女性で、テストステロン等の性ホルモンの照射量によって男性器の形成が促されます)。バロン=コーエンらは胎内にいる間に照射される性ホルモンが、身体的男女差だけでなく脳の形成にも影響を与え、それが引き金となって女の子・男の子の「心」を創り出すという「仮説」を提唱しています。//

p158
//ニコは、3歳7ヵ月で重大な手術を受けました。その手術とは、「機能的半球切除術」という脳の右側半分を切除してしまうものです。//

p160
//大人になってから、脳に障害を負った場合は、部位と損傷の度合いにもよりますが、その後重篤な機能障害が残ることがあります。
 ニコの場合のように脳に損傷を負ってもさまざまな機能が回復するのは、「脳の可塑性」のなせる業です。可塑性という言葉は、英語ではplasticityと綴り、プラスチック(plastic)のように「変形しやすいもの」という意味から、環境や状況の変化に対して柔軟に対応する脳・神経系の特徴として用いられます。//

p161
//ニコの場合、切除されたのが優位脳と言われている左脳ではなく、右脳であったことも幸運だったのかもしれません。//

p161
//一般に、健常児の言語発達では、喃語の発話、一語文、二語文のようにいくつかの段階が存在しますが、出生時に脳損傷を負った子どもの場合はこうした定型的なプロセスとは異なる道をたどって最終的には定型発達児と同等な機能を獲得しているのです。//

p162 右脳・左脳にまつわる多数の「脳科学神話」
//昨今の脳科学ブームの影響からか、世の中には右脳・左脳にまつわる多数の「脳科学神話」が溢れています。右脳は感性や感情を司り、左脳は言語の論理的思考を司るという話は今までのところ科学的根拠のない「神話」です。重要な点は、右脳(左脳)だけが感情的処理(言語処理)にかかわっているのではなく、個々の脳機能に関して「相対的」に優位な(相対的に活動が大きい)半球があるということです。//

p186
//私たちは、精巧に作られた蜘蛛の巣をみても、蜘蛛が一生懸命にお勉強して精巧な巣を作れるようになったとは考えません。こうした観点からみれば、生物としてのヒトの赤ちゃんも、生まれながらに多数の能力をもっていたとしても不思議ではありません。//
p186
//しかし、人間のすべての能力が生得的なもの──遺伝子に書き込まれたもの──ではないことも本書では強調してきたつもりです。赤ちゃんは多様な環境の中で数々の経験をしなければなりません。//


太字、彩色は引用の際に付した。
縦書き漢数字の多くを横書き算用数字とした。
2022.10.8記す

© 2024 ||||| YAMADA,Toshiyuki |||, All rights reserved.