「豊かさ」を問う 連続思考

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連続思考の目次

 味覚は苦味を経験することで深みを増すらしい。苦いもの渋いものを子どもは吐き出すが、おとなは味わうことができる。食が豊かであることは、心にゆとりをもたらす。山菜など野趣に富む料理は、苦味との出会いだと思う。
 「豊かさ」が「心」と結びつくとき、私は「豊かさ」を否定しない。しかし、「時間」を「豊かさ」で満たそうとするとき、「豊かさとは何か?」という命題が現れる。「時間」で豊かさを問うとき、それは、「待つ」ことに対する価値観と言えないだろうか。「待つ」イコール「苦味」と言えるだろうか。子どもは苦味が受け入れられないように、待つことが苦手だ。
 苦味はいろいろなことに喩えられる。喧嘩、不得意、不便、等々。『たのしい不便』(福岡賢正/2000年)という本がある。「豊かさ」を正面から取り上げ、筆者自身が”不便”を実践した。
 子どもは、友達と遊びたいとき、苦手や好みでなくても、自らを律して「時間」を共有しようとする。やや難しい用語をあてはめるとレジリエンスを修得する。レジリエンスはストレスの対語で「立ち直る」の意味がある。子どもはいずれおとなになる。人間関係に必要なレジリエンスを子どもは仲間と遊ぶことで身につける。

 「豊かさ」とは何か?
 豊かさは、しあわせを実現させるだろうか?

 社会的な貧困問題は大きな課題だけれど、お金はしあわせを約束するだろうか。おそらく多くの人は否定するだろう。一度きりの人生を愛する人とともに過ごしたいと最近誰かさんが言った。
 新型コロナウイルス感染症は地球を覆い尽くした。人とモノの流れが地球を短時間で包囲してしまった。温暖化も原因しているだろう。「豊かさ」を求めたことが感染症の蔓延になってしまったのだろうか。豊かさ=感染症には論理的飛躍があるかもしれない。病気を防ぐことも「豊かさ」条件の一つだろう。「豊かさ」を求めることは私たち人間の性(さが)とすれば、「豊かさ」を求める思考に欠けていたものがある。私たちは「豊かさ」の一面しか見ていない。子どもの遊び、子どもが育つ環境、家庭のありかたなど、それらが経済優先で進む社会に比して取り残されていると私は思う。

2021.11.1記す

(1)3つのキーワード

  1. 豊か
  2. 幸せ
  3. 満たされる(という心持ち)

 「豊か」と「幸せ」は一つのコインである。
 「豊か」の裏側に「幸せ」があり、「幸せ」の裏側に「豊か」がある。「満たされる」という心持ちは、「豊か」であることの証であり、「幸せ」を実感する。

 「豊か」だが「幸せ」を感じられない。「幸せ」だが「豊か」ではない。貧しくても「幸せ」だ。こうした想いや文言のあることは知っている。
 所得や金銭の話になると、私は「豊か」ではなかった。だからと言って不幸でもなかった。一方、「満たされる」という心持ちは何度も味わった。そのときは、豊かな気持ちになったし幸せでもあった。「幸せ」になるためには、豊かさを感じられなければならない。豊かさを実感できてこそ「幸せ」なのだ。──とは言え、「豊かさ」とは何だろうか。

「だまされる」ということ。

 だまされるということは損をするということだろうか。だまされるということは、幸せから遠ざかるということだろうか。だまされて(故意でなくても、あるいは類似の行為で)損をした(しまった!)と思ったり、自らの行いを反省したことは、誰にもある。高い代償を払ってしまったと思い直し自らを慰めることになる。「満たされる」とは次元が違うかもしれないが、次へのステップや糧にすることはできる。「禍を転じて福となす」の成句はこのことを言っているのだろう。求めたい「豊かさ」や「幸せ」の路線を見直すことにもなる。潮が満ちるように、このとき「満たされる」心持ちにもなる。
 「豊か」と「幸せ」を同時に求める道筋は一筋縄では行かないようだ。しばし考え続けよう。

(参考)「正しい」を疑う /// 枠組みを見直す

2022.1.1記す

(2)「満たされる」という心持ち

 白と黒、もとい黒と白、どちらが好きですか? あなたの好きな色はなんですか? あなたに似合う色は何ですか?
 好きなこと、似合うことに満たされると心が落ち着くかもしれない。ということは、好みの色はさまざまでしょうから、「満たされる」心持ちは人それぞれということになる。
 つぶあんとこしあん、この好みはけっこう分かれるようだ。好みでないものを押しつけられてはたまらない。自分本位でなく他者を認める。自分と他者が、親子であっても、違いを認めあえることが「満たされる」心持ちを保ち続けられる。そうであれば、行為ではなく対象でもなく、存在しているだけで「満たされる」。
 禅僧は無心で修行に取り組む。禅のことまで語れる自分ではないけれど、「無」が「満たされる」条件になるよう修行をつむ人たちがいる(ようだ)。

 産まれたばかりの新生児はやがて母の乳を吸う。そこには「満たされる」心持ちというものはまだ生じていないのかもしれない。私は男だから母の気持ちは定かではないが、新生児に吸われる母は「満たされている」のかもしれない。
 「満たされる」という心持ちは確かにあるが、それは自身の心持ちであって他者のそれは不明だ。自覚できる心持ちが他者にもあるだろうと思っている自分でしかない。なんだか哲学的になってしまった。
 「満たされる」という心持ちは必要なことであり、他者にも、だれにもそうであって欲しい。それは、他者の存在をしっかり認め、意識するということだろう。豊かさを求めるためには大切な前提となる。

2022.1.15記す

(3)敗戦後の子どもたち『きょうも生きて』

 本を読んで人生観が変わる──ということは、ある。その体験を坂本遼『きょうも生きて』で味わった。その感想というか衝撃を《坂本遼(1959年)『きょうも生きて』》に記した。長いけれど、関心がある人には読んでいただくしかない。「貧乏」を記した文学は数え切れないほどにあるだろうが、この本の物語もそうだ。貧乏な暮らしで懸命に生きる子どもの姿がそこにある。体力や精神のその強さは今の子どもたちは到底かなわない。しかし、比較することに意味はない。(精神/心は子ども特に幼児は昔も今もおそらく古代においても変わらない。しかし体力は比較にならないほどに異なる。その体力が及ぼす心の強さというものはあるだろう) 時代が及ぼした環境が違いすぎる。小学2年生が歩けなくなった担任の先生を皆で力をあわせ、山から降ろした話は圧巻だった。敗戦後、庶民の多くは貧しかったが、今のわたしたちが失って想像すらできないことがおびただしくこの本にはある。豊かさを論じるとき、今の時間で切り取るのでなく、こうした歴史というか時間軸で考える必要がある。そして、今から10年後、30年後、百年後、千年後、悠久の時間を想像することが大切だと私は思う。

 本のタイトル『きょうも生きて』は「も」なのだ。一日一日を懸命に生きる。その決意が短い書名に表れている。本の中身を読む前から、私は覚悟を決めて読み始めたことを覚えている。そして、壮絶な貧乏物語にうちひしがれた。それも、子どもが主役だった。幸せとは何か、「豊か」は求められるものか、涙して読んだ。
 一つ、付け足す。坂本遼は灰谷健次郎の師匠の流れにいる。灰谷は「やさしさ」を文学にしているが、私はそれにくみしない。灰谷のそれとは意見を違(たが)えるが、坂本遼のやさしさは震えるほどに共感するものがある。

2022.2.1記す

(4)子どもの姿と公共 ── 子ども文庫の歴史に学ぶ

  就学前、幼児期(3歳から5歳)は「遊び」が成長のすべてと幼児教育の関係者は言う。しかし、「遊び」とは何かを問えば、現代(今)と過去、江戸期以降、近代、明治・大正はもとより、戦前と戦後ではまったく様相が違う。高橋樹一郎『子ども文庫の100年』を読めば、そのことがよくわかる。内容は今日につながる子どもを対象とした「子ども文庫活動」の系譜だが、教育だけでなく、健やかに育つことを願ったおとなたちの思想がよく書き表されている。私の書評は、長いがその一端を記しているにすぎない。「子どもの姿と公共」とタイトルをつけた理由がそこにある。
 おとなの歴史は、コロナ禍で今まさに上書きされようとしている。しかし、あかちゃんから始まる子どもを見守るおとなの歴史は、親子、家族という小さい単位になればなるほど石器時代から変わらないだろう。となれば、その小さい単位に地域社会が続く。子ども文庫はそれを象徴している。

2022.2.15記す

(5)詩:草野比佐男「村の女は眠れない」を読む

 20代、一年のうち1か月は農村にいた。人口4千人に満たない平家落人伝説が残る山村A地で。村で出会う人びとは生き生きしていた。しかし、「村の女は眠れない」に現れる村人(B地)は暗い。A地の男たちはB地と同じく季節労働者だった。村と労働先での表情は違っていた。酒造元の杜氏(とうじ)は伝統的技術職として持ち上げられたりするが、ある男はトンネル工事で指を落とした。「もう次で辞める」と決断した男もいた。都会で成功?した男のウワサは複数耳にした。A地は小中1校ずつ。隣町の高校を出て地元に残るのは10人に満たなかった。
 「村の女は眠れない」はエロスでもって生の存在を主張している。この詩に出会ったNHKドキュメンタリー番組では、女は笑いを絶やさなかった。A地でも同じだ。エロス漂う村に子どもらが群れをなしていたはずだ。子どもの映像はないが、都会を除くすべての村は同じ情景だっただろう。
 何が「豊かさ」なのか? ウクライナでは子の手をひき逃げている人たちがいる。明日の豊かさを求めることは当然だが、過去や歴史を忘れては逆戻りしてしまう。

2022.3.1記す

(6)一本の棒が、子どもを目覚めさせる。

 2歳の子どもは石をよく拾う、なぜだろう? 4歳は棒切れをほしがる、なぜだろう? 私は子どもの頃、相撲ごっこをよくした。土俵にみせるためマルを描いた。描くには棒切れがいる。捨てられたホウキの柄などは探せばすぐに見つけられた。
 昔話をもう少し。おとなは空き地でたき火をよくしていた。子どもも火遊びにつきあっていた。おとなはゴミを燃やすためだが、火に放り込むものはいくらでもあった。思えば、まちはゴミがあちらこちらに散らばっていたということだろう。
 汚いよりも綺麗ほうがよい。だから、ゴミを見つければかたづける。あたりまえのようだが、私が子どもの頃、小学校での目標は「ゴミを拾いましょう」だった。そして実際、ゴミは”ふつうに”落ちていた。
 子どもの遊び場は○○をしてはいけないと「禁止」の張り紙が目立つ一方で、「△△してもいい?」と子どもが許可を求めてくる。モノ(衣食)は足りてもココロが満たされない。

柴田敏隆 / 一本の棒が彼らの夢をふくらませた

 長文だけど、ぜひ全文に目を通して欲しい。結語の手前に──子供は死ぬもの、怪我するものという基本的認識に立って──から始まるくだりがある。
 柴田さんだからこそ書けた凄い文章だ。柴田さんと金田平さん、二人の特訓を、神奈川県丹沢の山中で、私は20代に受けた。お二人は鬼籍に入られた。自然観、子ども観、フィールド観はお二人からその基礎を学んだ。
 時流に染まることなく「豊かさとは何か」を考えたい。

2022.3.15記す

(7)食と家庭の崩壊

「食と家庭の崩壊」を表題にするとセンセーショナルになる。「食と家庭の崩壊」のページで案内している岩村暢子「も」、1960年代に「何かが起きた」としている。「も」については、いずれ「なぜ キツネに だまされなくなったのか」をテーマにして取り上げる。
 ただ、文明批評を論じるとき、上から目線になりたくない。今、子育ての渦中にいる人たちにとって遥か”昔/過去”のこと。失われたモノに意味があるとしたら、どう論じたらよいのか、私には迷いがある。船はすでに港を出発した。海図を頼りに航海しているが、その海図が間違っていると言うようなものだ。正直、ではどうしたら良いかという代替案を私は示せない。子育てに「修正は必要ない」というのが、私のモノの考え方。
 新しい知見に出会ったら、それに刺激され、自分で海図を書き直せばよいと考える。それは苦痛でなく楽しみでもある。否、楽しみに置き換えれば良いのだ。

 食に関しては、経済優先社会では個々の健康は二の次になる。1960年代はまさにそういう時代だった。その反省にたって、今は「マシ」になっているかもしれない。悲しいけれど、しんどいけれど、マシ情報は、学校で「消費者教育」として優先させて学ぶ必要のある課題と思うがあきらかに不足してい。現実は自衛しかない。自分の身は自分で守る。1960年代を境に端を発しているので学ぶしかなく、敢えてこのように警句として記すことが私の出来ることかなと思う。

2022.4.1記す

(8)大切と思われている「体験」について考える

 目覚めているあいだのすべての行為を必ずしも「体験」として意識しているわけではない。行為の最中に「体験」として意識していなくても、回想して「体験(していた)」と思うこともあるだろう。夢体験もその一つで、こちらは就寝中ということになる。自意識のすべてが体験というわけではない。
 「まねっこ」を子どもは喜ぶ。動作をまねたり発語をまねたり。しつこいと、やめてよ!と言ったりする。友達(他者)が自己の動作をまねる。他者のなかで自己をみつめることになる。つまり、他者の行為でもって、自己の体験をすることになる。無くて七癖と言うように、気づきにくいこともある自分の特徴を他者が教えてくれるというわけだ。
 前置きはここまでにして、こうした「体験」を論じたいわけではない。

 こうしたあらゆる体験を私はまず2つにわける。積極的体験と消極的体験である。積極的体験をさらに2つにわける。「感動する体験」と「繰り返す体験」である。多くの場合、「感動する体験」を「体験」と称し、この「感動する体験」を求めていると思われる。子ども(特に幼児)の場合、「感動する体験」を味わうともう1回と要求してくる。つまり、繰り返すことになる。「感動する体験」は1度きりの体験で、その学習は「繰り返す体験」に反映される。幼児は、これを無数に体験することで成長がうながされる。
 幼児期を過ぎた子どもや青年、おとなも似たような意識をもつが、体験が繰り返される可能性をおもんぱかる。この「おもんぱかる意識」が働く前の幼児期に、この2つの積極的体験を十分に経験しておくことが極めて重要だと、私は考える。「みんなちがって、みんないい」など、個性を謳う文言はそのとおりと思うが、身につけるには積極的体験が必須になる。
 豊かさを感じとるモノサシは積極的体験によって得られる。

 ところで、健康であるためにはよく眠ること。睡眠のとりかたに関心を持つ人/悩む人は多い。健康を維持するためにはよく歩くこと。健康であるためには、人さまざまな工夫があるだろう。
 眠る/歩く、はこれも体験であり、消極的体験である。「食べる」を含めて日常の”なんでもない”体験は、消極的体験であり、積極的体験は消極的体験を前提(安定)に支えられている。
 貧困課題が社会問題になっている。貧困は消極的体験の欠乏をまねく。消極的体験が乏しくなれば積極的体験は不十分にならざるを得ない。
 「体験」という言葉が上滑りしないよう、豊かさを考えるとき、消極的体験×1+積極的体験×2を1セットで捉えたい。

2022.4.15記す

(9)ある画伯の、赤ン坊のときの記憶

 司馬遼太郎『街道をゆく5〈新装版〉モンゴル紀行』(朝日文庫/朝日新聞出版 2008年)から引用する。──p234

***

 星の群れのなかから私の名を呼ぶ者があっておどろいてふりかえると、須田さんだった。
「赤ン坊のときの記憶というものを信じますか」
 と、須田さんはいった。私のはあとから教えられて記憶になったという感じじゃないんです、二歳のときです、という。
 埼玉県熊谷の在にうまれた須田さんは、まだお若かった母君に抱かれて村の祭礼に行ったという。途中、雨が降って、知りあいの家に雨宿りした。
 帰路、夜道になった。
「そのとき、抱かれて見あげていた星がこれと同じでした」
 嬰児の目に刺すように飛びこんできた星影がおどろくほど大きい感じで、嬰児の須田さんは、あの星をとってくれ、とむずかったという。その後、あれほど大きい星を見ず、結局は錯覚だったのかと思っていたが、その後、六十数年ぶりで、嬰児のころの網膜に焼きついた星が本当だったということを確認した。
「この星なんです」
「どの星ですか」
「これ、ぜんぶの星です。赤ン坊のとき、鎮守の祭礼の帰りに見た星にやっとめぐり逢えました。あれはほんとうでした」
「さっき、ぼんやりしておられたのは、それでしたか」
「それでした」
 須田さんはうなずいた。その足もとを懐中電灯で照らしてあげると、黒い靴が前へ前へと進んでいる。すこし内股であるようだった。嬰児を抱いている母君のお気持ちになって歩いておられるのかもしれない。

*** 引用おわり

 「須田さん」とは、須田剋太画伯(1906-1990)のこと。

 赤ン坊のときの記憶をおとなになっても思い出せるというのは俄に信じがたい。なぜ、あかちゃんのときの記憶がないのかは諸説いろいろあるようだが、「記憶がない」ことは共通している。一般には、4歳の頃の記憶があるかないかで、それらしいものを思い出せるのは5歳に達してからだろう。
 ただ、憶測だが、画家は自身の目で見た記憶を留められるという才能があるのかもしれない。我々に出来ないことを画家はその天分故に可能なのかもしれない。
 それにしても、何もかもすべてを記憶するのではなく、記憶したいか/したくないかの選択をするのではと思う。その選択は、自身に対する「満たされる気持ち」が作用しているのではないかと、少々我田引水になるだろうが、想像してみた。

2022.5.1記す

(10)絵本『水たまりの王子さま』

 幼児向け物語絵本(昔話を含めて)は子どもに知恵を伝えようとするものだが、その知恵の多くは、おとなになる子どもらの幸せを願ったものだろう。小学生やおとな向けの絵本形式も、知の蓄積として幸せにつながるものであろう。しかし、「幸せ」をテーマにしているのではなく、テーマにすることで絵本が創作されるものでもない。
 そういう背景で、「幸せ」をテーマにしたと思われる絵本に出会った。山崎陽子/作『水たまりの王子さま』(安井淡/絵 岩崎書店 1983年 復刊2014年 現在は品切れで図書館蔵に期待)がそれだ。
 おんぼろアパート裏、露地の水たまりに青い空が映っていた。アパートの窓から見下ろす少女がいた。水たまりが踏み荒らされたとき、「わたしの空をこわさないで」と声が降りかかった。スリの男は、おまわりに追いかけられ、水たまりに足を入れてしまったのだ。物語はここから始まる。
 少女は、なぜ水たまりの空を見つめていたのか? とんちんかんな会話が、少女と男のあいだで始まる。
 ──わたしだけのヒミツの空よ。すずめやおほしさまがこっそりあそびにくるの。木の葉のおふねは空をとぶのよ。ステキでしょう、わたしの空──
 「それにしても、どうしてそとにでないんだい。もっとデッカイ空があるのによ」
 「だって、わたし あるけないんですもの」

 少女は、唐突に……
──あなた、もしかしたら…… しあわせの王子さま、と言った。
──わたし、いつもかみさまにおねがいしていたの。しあわせの王子さまにあわせてくださいって。──
 男は、王子さまを演じてやろうと思った。しかし、”王子さま”は、追いかけてきたけいさつにつかまってしまった。
 こんな話から、どのようにして「幸せ」が展開されるのだろうか?
 理由あって外に出られなくなった少女と、根性の狭い男──の物語。「豊かさ」から程遠い二人。「満たされる」テーマは描かれるのだろうか?

──三か月もぶちこまれてた おれ、まっさきにあの露地にとんでいったが、白いかおはない。(外に出られない少女の顔は日焼けすることなく白かった) おもてへまわって、こわごわ戸をたたいてみた。── 「あなた、しあわせの王子さまですね」と声をかけたのは、少女ではなく、別の女だった。「この本をしあわせの王子さまにわたしてほしいと、あの子が いきをひきとるまえに」

 男の目に涙があった。
──”しあわせの王子”になんかなれなかった。あの子は はなしあいてがほしかっただけなのに、おれは金やものでしあわせをやろうとしたんだ。あの子にあっているとき、おれはしあわせだった。──

(完。機会あれば実物を手にしてみてください。)

2022.5.15記す

(11)フランクルに学ぶ──危機における「こころ」

 「豊か/幸せ」を考える条件として「満たされる」という心持ちがキーワードと思い連載の素材をこれまで探してきた。これに、「学ぶ」を付け足したいと思う。戦争は「幸せ」を破壊するものだ。戦争がもたらす悲劇は体験するものではなく、過去の戦争からそして現在進行形のウクライナにおける戦争などから「学ぶ」ものであり、イメージすることで克服されねばならない。イメージすることは「学ぶ」ことを意味する。

 山口和彦(脳神経科学者)『こどもの「こころと脳」を科学する』(ジャパンマシニスト社 2022年)から、以下、長い引用──//
 (以下p105)
 精神科医のヴィクトール・E・フランクルが『夜と霧』(池田香代子訳、みすず書房)で書いていたことがあります。彼はユダヤ人だったため、第二次大戦中ナチスの手により強制収容所に入れられていましたが、最後まで生き残ることができました。なかには収容所の生活に耐えきれず、縊死(いし)してしまう人や、無理をして壁によじ登り脱走しようとして銃殺されてしまう人などがいました。しかし、そういう状況のなかでも、人としての尊厳を守り、収容所の外にいたときと同じような習慣や態度を毎日くり返していた人は、最後まで自分を保つことができたといいます。
 そういう人間らしさを保つ「態度価値」が大事だということを、フランクルは書いています。
 (以下p170 生き延びた人がいた一方──)
 逆に生き延びることができなかった人は、「目的達成型」や「自己実現型」、「ここを出たらこういうことをしてやる」というタイプの人でした。そういうタイプの人は、精神状態を保つことが難しくなりがちです。
 そうではなく、毎日尊厳をもって生きること、平常心をもつこと、過酷であってもその運命を受けとめる態度を決めること。そういう自由が人間には残っているということに気がついて、隣人にあいさつをしたり、食べ物を分けてあげたり、無私の精神をもちつづけたりできたか。もしくは、保身の戦いのなかで人間性を忘れてしまうか。そうしたことで、解放の日まで生き延びられるかどうかが分かれてしまったそうです。
 「自分はいまなんのために生きているのか」ではなく、「いま生きているのだから、なにをしたらいいか」というふうに、生きる意味について考えを180度変えなければいけない、とフランクルは述べています。//──引用おわり
 著者山口は脳神経科学者として、セロトニンが果たした役割を指摘している。
(p170)//たいへんなストレスのなかでも、平常心をもって規則正しい日常の習慣を維持していくことが、セロトニンの分泌というかたちで、こころと体を壊さずに生きることを助けるのではないかと考えています。//

 習慣や態度(人間性)はクライシス状況下でも(でも、ではなく、だからこそ)有効だとすることに身の引き締まる思いがする。

2022.6.1記す

(12)イマジネーションが豊かさを支える

 よからぬ為政者を除けば、戦争を望む者はいない。戦争の恐ろしさ、その破壊力は、体験し得ない。想像(イメージ)することが抑止力となる。非戦の誓いは平和を堅持しようとする強い意思によって支えられるが、平時においては、勇ましい態度ではなく、隣人や家族など近親者への愛、やさしくよりそう気持ちが優先されて実現する。
 大国ロシアがウクライナに戦争をしかけた。テレビ映像やネットで”実況”が伝えられている。避難者を受け入れている国内の報道も伝えられているし、ウクライナやロシアの人々に出会っている人もいるかもしれない。戦争の見え方は変わっても、当事者意識としての戦争はイメージを超えることはない。
 イマジネーションは学ぶことで培われる。戦争の悲惨を伝え、平和を呼びかける本は多い。以下、《おはなしのピースウォーク》全6巻をご案内したい。
 → リンク先《おはなしのピースウォーク》全6巻

2022.6.15記す

(13)バッドシステム

 ある咄家(はなしか/名前を忘れてしまった)が健康を話題にしていた。笑いは健康によいとか、闘病中の人たちは好んで笑いを求めることについて、咄家も触れた。咄家が名付けたらしい「バッドシステム」がおもしろかった。人の話/世間話/ウワサあるいは朝から晩までの気分で良いことは「2」くらい。悪いことも「2」ほど。残り「6」がふつうでどうでもよいこと。その悪いことは「2」ほどなのに、そのことが気分の「8」ほどを占領して暗い気持ちになる。良いこともちゃんと「2」あるから、「2」を「8」にして気分良くすごせばよい、という話。しかし実際、悪いこと「2」に勢力がある。これがバッドシステムだ。バッドシステムで気分を占領されないよう気をつけましょうと咄家はやさしくお説教。
 気が滅入ると、なかなか抜け出せない。確かにそうだと思う。アドレナリンやノルアドレナリンという脳内ホルモンが生理的に放出される。自然現象だから興奮してしまうのはしかたない。でも、90秒が経過すると、放出されたホルモンは消失するらしい。90秒後も気がおさまらないのは、自身でひきずっているからで、生理現象は終わっている/過ぎている。興奮してくるのを我慢するのはむずかしい。耐えるに90秒は長い。もし誰かさんが怒ってしまったら、ゆるそう。ときを待とう。そして、90秒さえ過ぎれば、あとは自分次第。「2」を「8」にしない。「2」をひきずらない心がけを修得したいものだ。

2022.7.1記す

(14)優先順位

 「わたし」にとって1日24時間は限られている。じつは、「わたし」だけではなく、みんな同じだ。だのに、時間にゆとりある人と「わたし」のように時間に追いまくられている人がいる(ように思える)。不公平に思える。
 私は学生時代、夜8時以降は電話に出ないようにしていた。早いときは8時を過ぎれば眠ってよいことにしていた。そして3時を過ぎていれば、いつ起きてもよいというマイルールを実行していた。夜が明ける頃には一仕事が出来ていた。誰にも邪魔されない時間を確保したかったし、確保できていた。最優先は自身の時間確保だった。
 自分だけでなく、誰しも忙しい。アポイントをとられるとき「忙しいですか?」と訊かれることは多くある。「忙しいけれど、『忙しい』を理由に断りません。優先順位で判断しているので遠慮なく、どうぞ」と応えている。70歳代になった今ではさほど忙しくなく「いくらでも空いています。大事な用事なら合わせられます」と応えることが多くなった。面倒だと思ったら、引き受けないこともある。
 〈家事〉と〈仕事〉に優先順位をつけなくなったのも若いときから。必要な家事であれば時間を”優先して”あてている。
 養育している子どもが幼いときは、子育てが文句なしに最優先だった。
 一方、子どもは年長者やおとなに「待ってね……」と言い渡されることがしばしばだ。言われなくても仕方なく待っている様子をよく見かける。乳幼児に優先順位という発想があるのだろうか? おやつをもらうとき、「じゅんばん!」を要求し、その順番を守っている。4歳から中学生までの異年齢集団でやきいもをしたとき、焼け具合や大きさは様々だった。どうやって分けるか。彼らはジャンケンで順番を決めていた。あるとき、「ジャンケンでない方法で決めたら」と提案すると、年少からとった。順当な考えだなと思った。そして次、同じ方法で指示すると、今度は年長からとった。4歳は最後だった。(あなたたちの公平とはそういうものか!)と私は憤った。
 (じゅんばん)はおとなに決めてもらうのでなく、子ども自身が決める練習/学習が必要なのだと気づいた瞬間だった。翻(ひるがえ)って、おとなである私たちはどうか。自分を優先させながらも、仲間と協調できる時間のとりかたに心をくだきたいと思う。

2022.7.15記す

(15)失敗とつまずき

 失敗はしたくない。望んですることではないだろう。しかし、成功続きということも期待できない。バッドシステムで記したように、失敗も成功も「2」程度で「まあまあ」が6というところか。
 ところで、失敗や「つまずき」はつきものと割り切れないだろうか。自らの失敗やつまずきは起きるべくして招いた結果として受け入れられないものだろうか。誰かさんの失敗やつまずきを過度に責めることなく、自己の災いと同様、平時と同等の価値をもつことなのだ。割り切るとか許すというのでなく、平時とセットなのだ。
 わたしたちのコンデションはいつも準備万端ではない。寝不足かもしれないし、寝不足になった原因はまだ解消されていないかもしれない。他者に知られたくないこともあろう。わざわざ説明(弁明)するには面倒なこともある。それらを呑み込んで不問にするという態度が必要なのだろうと思う。思いやる気持ちもほどほどにしておいたほうがよかろう。人と人はほどよい距離感が必要なのだろう。
 失敗やつまずきを説いたり議論することは、どうもやりにくい。乳幼児のそれは、歓迎されてよいことでもある。なんらかの障碍(身体/発達/精神)があって、それらが周知でないときはトラブルになるかもしれない。
 トライアンドエラー、失敗は成功のもと、など戒めの成句も多い。先人の知恵に学ぶことは大切だが、気をつけたいことは、「失敗/つまずき」は負の資産ではないということだ。正の資産でもない(子どもの遊びについて、その効果を考えるときは「正の資産」ともいえる ※)。時間の経過で生じる事件ということにしておこう。
 ユニバーサルデザインとは「失敗/つまずき」をどうデザインするか、というテーマではないかと思った。
 ※「いつからおとな?──で、遊びを考える」で〈つまずき〉の必要を記している。

2022.8.1記す

(16)ボランティア活動のすすめ

 余った時間があればボランティア活動をする──というのは、いきなりだが間違っている。「非」ボランティア活動とは、生業のためか義務的な活動(仕事)をさすことになるだろう。拘束されている時間ともいえる。否、ボランティア活動も拘束されている時間に相当する。
 賃金が伴う生産活動は社会的コストが反映されている。にもかかわらず、所得配分が適正でなく暮らしはラクでない。一方、社会的コストが反映されていない社会活動も多い。長時間労働や同一労働同一賃金など賃金労働の問題などが私たちの暮らしを抑圧しているが、このテーマを承知した上で、ボランティア活動は社会の潤滑として欠かすことができない。
 多少は改善されてきてはいるが、ボランティア活動に取り組みやすいようなしくみを用意しておくことも国や自治体には必要なことだ。
 「豊かさ」や「幸せ」を考えるとき、賃金が伴う既成だけの暮らしかた/生きかただけでは明らかに粗末になる。ボランティア活動があって豊かさや幸せが保障される。
 保育士養成校で学生に私は次の話をしている。保育士は福祉の仕事だ。福祉の「福」も「祉」も「しあわせ」という意味だ。しあわせのために働くことが福祉だ。しかし、この「しあわせ」を実行するためには線引きが必要になる。引いた線の右側の人が「しあわせ」に浴せた場合、左側の人は恩恵に預かれない。線を引くことで「しあわせ」を区別することになる。これは不本意ではないか! 給料をもらうためには右側で働くことはやむを得ないが、福祉を志すには左側にも片足を置いて欲しいと。右/左は喩えにすぎない。左側への配慮がボランティア活動に相当する。

2022.8.15記す

(17)ふるさと考

 東北大震災をきっかけに毎年出かけるようになってしまった東北。仙台空港から石巻方面がメインルート。これまではレンタカーで走っていた。石巻のある中学校で、「クルマがないと暮らせない」という先生がいた。それが耳についていて、そんなもんだと思い込んでいた。震災から11年が経過し、復興住宅での生活が定着してくるなどして、わざわざ出かけていく必要はほぼないように思えてきた。関係をもった保育所もそれぞれの施設が運営方針を立てて進めている。そういうなかで人間関係が出来てしまった。今はその縁だけでつながっている。
 いつかは運転免許証を返納しようと私は思っている。クルマなしで東北に行けるだろうか? そう思い始めて、先月7月末、それを試みた。空港からは鉄道で小牛田(こごた)まで行った。駅からの景色は見渡す限り田園。線路が縦横にいくつも敷かれていた。駅は広大だが、車輌は見当たらないし人も少ない。ここで乗り換え、前谷地(まえやち)に向かった。前谷地は無人駅。ここでBRTに乗り換えるのだが待機しているバスに乗務員がいない。にぎり飯を2つ食べた。

 付近の地図が示された案内板を見るとJR石巻の方向がわかり、次回はここから歩こうと思った。1時間近く待ってバスが動いた。乗客は2人。間違えて来てしまったという京都からの高齢女性と私。陸前戸倉で下車(わずかに3駅目だが50分乗った)。クルマはたくさん走っていたが、地面に足をつけているのは私一人。東へ進むとすぐに太平洋が見えた。南三陸町の海岸に出て南下した。道路が真新しい。リアス海岸ということもあるが、津波被害に備えて高台に道は拓かれている。海は眼下に広がっているはずだが遠くて見えず、山の中を歩いているというのが実感。海とのあいだに集落がある。いくつもあって、バイクに乗った局員が郵便物を届けている。墓地が点在している。個々の家に通じているらしい有線放送の声が聞こえる。幹線道路から外れて農道にクルマが走る。その道が住戸で消えて再び見える。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という室生犀星の詩句が思い浮かんだ。(ここを「ふるさと」と思う人はいるんだろなあ)
 海と山の谷間に狭い田畑。くねった道筋。思い出が記憶の奥にたっぷりありそうな気がする。リアス海岸は長い上り坂、長い下り坂を繰り返す。カーブで大きくまわりこみ、これも繰り返す。景色が変わり新たな集落が目に入る。

 この世に生まれたその瞬間(とき)を覚えていない。3歳頃の記憶がある人はまれでおよそは5歳頃からだ。死ぬときはどうなのだろうか? 生理的に水分が摂取できなくなるらしい。苦しいのだろうか? 痛いのだろうか? 楽観的にはそうでないらしい。臨終間際を含めて「記憶」は意味を失う。私たちの人生は、早くて3歳頃から臨死前の意識がまだあるときまでなのだ。葬式も墓も自身とは無関係だ。故人を含めた歴史(道程)を、残された人たち(個人または集合体)が執り行う文化といってよいだろう。リアス海岸の道を歩きながら、私は「(この道を)もう一度歩きたい」と思った。それは「ふるさと」という想いの萌芽かもしれない。

(参考) 鷲田清一「死の経験」

 フラン・ピンタデーラ(文)/アナ・センデル(絵)の絵本『どうして なくの?』の最終場面にはこうある。//── しあわせだなって なくことも あるのよ!//

 「しあわせ」って、なんだろうと考えさせられてしまう。「ふるさと」は必要なのだろうか? という疑問が湧いてきた。
 海や山、田畑の景色に包まれて育ち、同じ学校で学び遊べば「ふるさと」につながるかもしれない。しかし、都会はこの条件がそろいそうにない。「ふるさと」は土地につながれていることなのだ、と思ってしまった。戦争あるいは災害で土地から強制的に離れざるを得ないとき、「ふるさと」を失う人が多く現れる。失うということは心の行き場を失うということかもしれない。一方、この事例から離れて土地に縛られない場合、転校や不登校、転勤・転宅などで「ふるさと」がない、あるいは「ふるさと」の必要を求めない価値観も有り得る。
 「ふるさとは遠きにありて思ふもの」は今も教科書で習うのだろうか? 薄っぺらな解釈で納得したくない。詩作として犀星個人に帰することはあるだろうが、人間の生きざまの多様性は当時よりさらに複雑になり主体性が重んじられる時代になっている。まわりと同じことをしていればよいという時代ではない。「ふるさと」は固定観念からはみだしている。

2022.9.19Rewrite
2022.9.1記す

(18)右脳マインドと「豊かさ」

 //「あなたは、正しくありたいですか、それとも、幸せになりたいですか?」//と問うてくるのは、ジル・ボルト・テイラー『奇跡の脳』新潮文庫 2012年 p282。

 //右脳はとにかく、現在の瞬間の豊かさしか気にしません。それは人生と、自分にかかわるすべての人たち、そしてあらゆることへの感謝の気持ちでいっぱい。右脳は満ち足りて情け深く、慈(いつく)しみ深く上、いつまでも楽天的。右脳の人格にとっては、良い・悪い・正しい・間違いといった判断はありません。
 これを右脳マインドと呼ぶことにしましょう。ですから右脳マインドでは、あらゆることが相対的なつながりの中にあるのです。ありのままに物事を受け取り、今そこにあるものを事実として認めます。//p226

 脳科学者ジル・ボルト・テイラーは37歳のある日、脳卒中に襲われ左脳に損傷を受ける。患者本人でしかわかり得ないのが脳疾患であり、主訴を要領良く伝えられない。医師など医療従事者や介護者は観察者の立場を謙虚に受け止められるかどうかが肝要となる。左脳優位の科学者であった彼女は希有の両者を演じ、自著で右脳の働きに目覚めたことを記している。

 //「頭の中でほんの一歩踏み出せば、そこには心の平和がある。そこに近づくためには、いつも人を支配している左脳の声を黙らせるだけでいい」//p176

 脳は右と左で分離しているのでなくその境界部分にも機能があり、さらにはすべての人(人類)に共通でなく差異(例外)もあるらしい。脳は名称を与えられている領域に分かれて「責任領域」とされている部分が損傷を受けると回復は困難になるが、代償が可能とされている領域はリハビリによって回復が期待される。
 あかちゃんはどうやら右脳優位のようだと私は理解している。言語学者のノーム・チョムスキーは──//ドイツの乳児はドイツ語の抑揚で泣く。//──としている(『チョムスキー言語学講義:言語はいかにして進化したか』) 言語中枢は左脳にあるので、あかちゃんの左脳は機能しているといえる。脳は全体で有効に作用していると思う。
 動作や認識のしかたなど右脳優位で乳幼児は発達し、左脳あるいは脳全体で知的な活動を出現させていく。
 小学校に進み、できる/できないの評価が紐付き、右脳優位で成長し続けていたにもかかわらず、就学後、「左脳支配(優位ではなく)」となる。それをジルは「左脳の声を黙らせるだけでいい」と言う。「豊かさ」を脳で論じられるまでになった。

2022.9.16記す

(19)幸せを測るモノサシ

 「しあわせ」を辞書にあたると「その人にとって幸運(幸福)であること」とある。これでは今一つわからない。次に「幸福」をあたった。//現在の境地に十分満足出来て、あえてそれ以上を望もうという気持を起こさないこと。//とある。面倒だが「幸運」も調べた。//物事が偶然に自分にとって都合のいいように運ぶ//とある。辞書は『新明解国語辞典第三版』。

 「望もうという気持」や「自分にとって都合のいいように」の主体は〈自分〉だ。本人次第ということになる。あかちゃんの場合、就学前幼児の場合、小学生の場合、思春期真っ只中の青年やおとな一般の場合、それぞれの本人次第とはどういうものだろう。年寄りの場合、病院通いをしている場合、身体にあるいは知的や精神に障碍がある場合、本人次第だけで済むのだろうか。付き添っている人がいるなどして、そう簡単に割り切れないものがあるのではないか。
 そう断っておいた上で、幸せを測るモノサシは本人次第という。欲深いとか欲がないとか、余計なお世話だろう。本人が選択したことのだから。
 と言いながら、他人の幸せを優先する人/したがる人がいる。神や仏に道が開けている人は、しばし思いを預ける人もいるだろう。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」では、表題の糸に必死でくらいつく男がいた。糸を辿ってゆけば極楽かどうかは知らないが、蓮池(はすいけ)の湖面に出られる。もう少しのところで男は下を見た。大勢が同じ糸にしがみついていた。男は大勢を振り払おうとしたとき、糸は切れ希望は閉ざされた。
 ここまで書き綴ってきて、さて、私は何が言いたいのか? 何が導き出されるのか? わからなくなってしまった。そもそも何を自分は書いているのだろうか?
 幸せを測るモノサシのことなど考えるのはやめにして、お湯をわかしてお茶の一杯でも飲んでいるのがよいのかもしれない。

追記:辞書には「為シ合せ」の意とある。第一義は「仕合せ」で語釈は「運命のめぐり合せ」。上述の「幸せ」は第二義。第一義に基づけば、本人の意思に関係なく偶然の結果ということになる。

2022.10.1記す

(20)タオルがいっぱい

 お気に入りのタオルがあればそれらを交代でつかえばあとはしまっておけばよい。それにしても、収納にタオルがいっぱい。ほうちょうが切れない。切れるハサミがほしい。
 収納をアドバイスするだけで職業が成り立っている。「だけ」とは失礼かもしれない。日々研究してその助言はなるほどと思うこともある。すっかり片付いた部屋を映し出されるとうらやましくなる反面、あきらめも同時に出てくる。
 ところで、片付けって必要なのだろうか? 片付けだけで半日、丸一日つかってしまう。日頃からスッキリさせておけば片付けはたいしたことない。発想の転換で、そんなに片付けなくてよいのでは……? しかし、子どもの散らかしようは放っておけない。客を招くとなれば、片付けのよいきっかけでもある。
 かかわりたいことの代表が片付けで、かかわりたくないことの第一が片付けと思う。身支度(みじたく)は身一つだからなんとかなっても、身二つ以上になるとなんともはやである。

 スケジュール管理は誰にでも見せるものではない。見られもしないのにきっちりできている人は少なくない。私は、これだ!と思う。スケジュール管理についても整理術のようなものはあるが、自分に向くかどうか、あまりこだわらない。スマホが便利な人も、手帳の書きこみが楽しい人もいる。記憶が得意という人がいるかもしれないが、忘れないことを祈る。暮らしのスタイルは人それぞれ。あたりまえの結論になってしまった。

2022.10.14記す

(21 最終回)次は、「潮だまり」へ

 ミミズはまっすぐな体をしている。片方が口で、もう片方が肛門。口から取り入れたものは「消化」されたら出口に向かう。消化された栄養分は「体内」に吸収される。ということは、吸収されるまでは「体外」に置かれる。ヒトも同じで、ミミズほど一直線ではないが、胃袋の中は「体外」である。
 //タンパク質が「文章」だとすれば、アミノ酸は文を構成する「アルファベット」に相当する。「I LOVE YOU」という文は、一文字ずつ、I、L、O、V……という具合に分解され、それまで持っていた情報をいったん失う。//
 これは、福岡伸一『動的平衡』68ページにある記述。うまいこと言うなあ、と感心した。分解されるまでは異物だから、ヒトの体は絶対に体内へ侵入させない。//体内に入ったアミノ酸は血流に乗って全身の細胞に運ばれる。そして細胞内に取り込まれて新たなタンパク質に再合成され、新たな情報=意味をつむぎだす。つまり生命活動とは、アミノ酸というアルファベットによる不断のアナグラム=並べ替えであるといってもよい。//と続く。
 さて、このミミズに「こころ」があるのだろうか? //中枢神経系を持つ動物なら、どんな動物にもこころはある、と考えるほうが、人間のこころは特別だと考えるより、ずっと無理がありません//と記すのは、山鳥重(やまどり・あつし)という神経心理学者。元神戸大学医学部の先生。福岡伸一氏は、ミミズに//「君の心はどこにあるの?」と訊ねることができ、その答えを何らかの方法で私たちが感知することができたとすれば、彼らはきっと自分の消化管を指すことだろう//と記している。お二人ともエセ学者ではない。

 舞台は海。夏の炎天下、岩場に張りつくフジツボの表面温度は60度にもなるという。彼らはジッとしていて動かない。やがて潮が満ち、体は冷やされる。と同時に波が餌になるプランクトンを運んできてくれる。岩場のすきまには巻き貝が「つもっている」。1匹は小さいが重なり合っているので、単位面積のタンパク質は何倍にも何十倍にもなる。タンパク質(アミノ酸)の集積場ということは「いのち」に満ちあふれている場ということだ。先のフジツボは天然の断熱材に覆われているという。
 潮の満ち干がいのちを育んでいる。磯でも砂浜でも渚が奏でる音は心地よい。リラックスしているとき脳波はα波を出しているという。脳と渚の音とは相性がよいということだろうか。砂をすくっても気持ちいい。遠くへ目線を向けてもスッキリする。踏み出す足は歩きにくくて、こちらは運動不足? ゆったり流れる時間に身をまかせられるならば、心を満たしてくれるひとときだ。
 幸せとは何かを問うて、それは豊かさとは何かと通じるかと思い、しかし、なかなか解は得られない。「満たされる」という心持ちが手がかりだと思うが、人それぞれ。皆ちがう。と、この連載も、最近はなんだか締まりの無いことになってしまった。これを機会に終わりにしよう。そして、さて次は。テーマを特に定めず、このコラムの名称を「潮だまり」にして、ぼちぼち続けようと思う。

「豊かさ」を問う 連続思考 《終わり》

/こころはどこにある?/ の問いをたどる。》に詳細あり

2022.11.1記す

連続思考の目次は ▶ こちら

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