両手に、砂を盛る

 さらさらと砂はこぼれ落ちる。落とすまいとしてもこぼれる。落ちてゆく砂も美しい。音を立てずに落ちてゆく。「子育て」とは、すくった砂をこぼさないようにすること、と考えてみた。
 すくった砂に「足そう」とするのが「子育て」になっている。足す=育てる、と考えることは自然だろう。だが、「すくった砂を、なんとかしてこぼさない」が「子育て」と提案してみたくなった。
 誕生したとき無事に産まれたことをよろこび、同時に母が元気なことを確かめてホッとする。子を抱いて「母」になった実感を、すぐさまかまたは時間とともに得られる。「父」も安堵とともにそれを自覚することになる。

 さらさら落ちる体感は養浜した砂浜では得られない。たとえば、須磨海浜公園は視界の広さを感じられる場所だが、砂つぶは荒くて大きく気持ちよいとは言えない。ビーチサンダルに入り込む砂は、きめ細かい砂だと痛くなく乾くとさらさら落ちる。これも気持ちよい。しかし、荒い砂だと痛くて乾くのを待つよりも払ってしまいそうになる。名の知られた海浜よりも、ひっそり静かな浜の砂が「子育て」に思いを寄せる砂に向きそうだ。

2022.8.11Rewrite
2019.2.19記す

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